集英社新書WEB連載
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ガザの声を聴け!

004 「人間としての尊厳が欲しい」

 看護師長さんと助産師さんの話を聞いていたこともあって、私はMさんのことが非常に心配だった。ともかく話を聞くのが一番だと思い、彼とのチャットを続け、自殺など考えずに生き続けて欲しいと私は繰り返した。でも彼は職をもらえないなら自殺すると言い張るばかりだった。

 そして、ある日、Mさんから、刃物で手首を切り出血した写真が送られてきた。本当に彼を撮った写真かどうかの確信はなかったものの、もうほうっておけないと判断し、彼に住んでいる場所と連絡先を聞いた。

 彼が住んでいる場所に近いUNRWA「ウンルワ」の診療所にはカウンセラーがいるので是非そこを訪ねて欲しいと伝えたが、彼は、そんなところには行きたくない、とにかく職が欲しいという主張の一点張り。そうしているうちに夜もすっかり更けてしまっていた。

 翌日、UNRWA「ウンルワ」の同僚医師に彼の連絡先を伝え、コンタクトをとってもらった。

 結果、Mさんの自殺は本気でなく、写真も彼を撮ったものではなかった。結婚の話もなく、すべてUNRWA「ウンルワ」に就職したいがための嘘だった。

 2016年3月にガザを訪問した際、彼の事を相談した同僚医師と一緒に、私はMさんに会ってみることにした。

 Mさんはごく普通の21歳の若い男性だった。少し元気はなかったものの、「あんなことをして申し訳ありませんでした」と謝罪した。その後、Mさんとはいろいろな話をした。彼はデザインの仕事が好きで、自分がデザインした部屋の写真を色々見せてくれた。

 私は彼に今一番何が欲しいか聞いた。きっとUNRWA「ウンルワ」の仕事が欲しい、と言うだろうと予想していたが、彼は「人間としての尊厳が欲しい」と言った。前述の長老と同じ答えだ。

 21歳の若者がそのような返事をするのだ。日本の若い方に同じ質問をしても、尊厳が欲しい、という返事は返ってこないだろう。そんなことは、考えもしないかもしれない。しかし、ガザでは21歳の若者にそれを言わせてしまう。これがガザの見えない戦争なのだ。

第2章5回は9月15日(金)掲載予定
(2017年09月8日掲載)

清田明宏(せいた あきひろ)
作者近影

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

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