集英社新書WEB連載
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ガザの声を聴け!

004 保健サービスの改革

 UNRWA「ウンルワ」の保健サービスは前述したようにとても充実している。ただ、やはり長年同じサービスを提供すると、硬直的になり、時代の変化にそぐわなくなる。UNRWA「ウンルワ」も例外ではなかった。最大の理由はパレスチナ難民の疾病構造の変化だ。UNRWA「ウンルワ」が始まった1950年から50年間ぐらいは、感染症や母子の病気が死亡の大きな原因であった。それがここ10年で大きく変わってきている。

 前述のとおり、現在、パレスチナ難民の最大の健康問題は、生活習慣病だ。ここでの生活習慣病とは、心血管疾患、悪性新生物、糖尿病、喫煙による呼吸器疾患の4つ。これらの疾患による死亡がパレスチナ難民の全死亡の7~8割を占めると推定されている。パレスチナ、そして難民と聞くと、肺炎のような感染症や妊娠・出産時の障害による母子の死亡などを考えるかもしれない。実はそうではないのだ。感染症や出生時の問題が死亡の第一原因だったのは20世紀以前のことで、21世紀の難民の健康問題は生活習慣病なのだ。これには驚かれるかもしれない。しかしそれは事実である。何故であろうか?

 パレスチナ難民が住んでいるガザ・ヨルダン川西岸・ヨルダン・レバノン・シリアで、最も安く、空腹が満たされるものはパンだ。このパンは日本に丸く平らなピタパンがあるが、それに似ている。パンには政府の補助金が出ていて、非常に安い。私が住むヨルダンでは、1ヨルダン・ディナール(約160円ほど)でパンがなんと4キロも買える。すごい量だ。野菜・果物は高価なことが多く、普段は買えない。肉も高価だ。パンを買い、あとは砂糖が大量に入った紅茶やコーヒーを飲む。そんな状況が続けば、人間はどうしても太ってしまう。

 街は歩く、あるいは運動する、という構造にはなっていない。 私はアンマンでよく歩く(ウォーキング)が、それに適した歩道や公園はなく、仕方なく車道を歩く。人が歩いているからといって車は止まってくれない。轢かれそうになる。パレスチナ難民も同じだ。運動できないし、しない。そして、ますます太るという悪循環が続く。

2013年に糖尿病の調査をしたのだが、ヨルダンでは糖尿病の女性患者のうち9割が肥満か太り過ぎだった。これは大変な割合だ。そして、パレスチナ難民はよくタバコを吸う。男性の喫煙率は47%と高く、最近は水タバコが人気である。

 これら不健康な生活の背景にあるもの、それは貧困だ。豊かであれば食の選択が可能だ。バランスよく野菜・果物を食べ、健康的な食事ができる。ジムなどで運動もできる。実はジムの人気はヨルダンでもパレスチナでもとても高く、富裕層の人で非常に混んでいる。貧しいと、当然それはできない。そのため、生活習慣病になる。糖尿病は誰でもなりうる病気だ。特に途上国では、貧しいほど糖尿病になる危険性が高い。

 我々が行った保健改革では、このように糖尿病などの生活習慣病が増える難民の健康対策をどうするか、が課題だった。貧困対策は大事だ。ただ医療サービスでできる貧困対策は少ない。では、どうするか?

 その答えが、「家庭医チーム」の導入だ。家庭医チームとは英語名、Family Health Teamといい、医師・看護師・助産師等がチームを組み、住民の医療サービスに当たる制度だ。

(続く)

第5回は8月4日(金)掲載予定
(2017年07月28日掲載)

清田明宏(せいた あきひろ)
作者近影

1961年福岡県生まれ。国際連合パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA=ウンルワ)の保健局長で医師。高知医科大学(現・高知大学医学部)卒業。世界保健機関(WHO)で約15年間、中東など22カ国の結核やエイズ対策に携わった。2010年から現職。中東の結核対策では、患者の服薬を直接確認する療法「DOTS」を導入し、高い治癒率を達成。その功績が認められ、第18回秩父宮妃記念結核予防国際協力功労賞を受賞した。

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