集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


13-7(1.5)もっとも贅沢なライブハウス

梅津和時と清水一登、それに大田恵資
(撮影/筆者)

 梅津和時と清水一登、それに大田恵資の3人が小さなライブハウスでやると知ってしまったからには出かけないわけにはいかないのだ。国分寺のGieeに着いた時は、けれどもスタート時間を30分ほど過ぎていた。ライブハウスは満杯。20数人は入っているかな。仕方なく入り口付近で立ち見。キーボードの清水さんが左奥に、左手に梅津さんがいて、中央で青いヴァイオリンを大田さんが弾いていた。3人がそれぞれ残りのメンバーと話をしながら、インプロヴィゼーションたっぷりの演奏が続く。ユルかったり、とんがったり、喜怒哀楽をこれでもかというほど突き付けてきたり。すべてが半径4メートル以内で起きている。こんな贅沢なライブがあるだろうか。休憩をはさんで、わずかのスペースを探して腰かける。キーボードの清水さんが休憩中にサンプリングされた音を打ち込んでいる。ユルいユルい、いい湯加減の音だ。「こしくだけ」というハワイアンめいた曲や、新大久保ジェントルメンのユニットでやっていた曲だろうか、そういうのをガンガン奏でていった。スゴ過ぎて国分寺まで足を運んで大いに報われたと感謝。実は国分寺に行く前に、都心で突然の豪雨に見舞われて身に着けていた服がびしょぬれになっていたのだったが、Gieeを出た時には体熱と熱気でほぼ乾いていた。人間なんてそんなものだ。内側から熱を発している生き物だから。少しだけ梅津さんと話をしたが、いかに僕ら日本人が〈忘れてはいけないもの〉を忘れやすいか、大震災や原発事故のこと、中東の激動のことで言葉を交わした。音楽は自由にする。だから理不尽なことがらが眼前で進行していると、音楽家は一番敏感に反応する。本来はそういうものだと思う。梅津さんの演奏を聞いたのは、ドクトル梅津バンドの頃からだからもう長い。忌野清志郎らとの活動や、浅田彰と「1Q84」というカセットブックなんかを出していた頃からだから。最先端でとんがっていた(いる)。太田恵資の演奏もいろいろなユニットで見てきたが、大熊ワタルのシカラムータでの演奏が一番多かったと思う。この日も太田さんはアラブ語めいた呪文のような言葉を吐き散らしながら中東フレイバーたっぷりの音楽を奏でていた。僕はエジプトでの仕事から戻ったばかりだったので、いきなりタハリール広場やナスルシティの大集会の熱気が蘇えってきた。なぜに国分寺にその熱気があるんだ? 世界は本当につながっている。清水一登の天衣無縫な演奏にも堪能させられた。いつのまにか時間が過ぎ去り、いつのまにかビールを何度も注文していた。乾杯!


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