集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


13-7(1) 「さよなら渓谷」――極限的なものだけが美しい


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 久しぶりに映画館の大スクリーンで邦画を観た。客はまばらだった。大森立嗣監督の「さよなら渓谷」。すでに観た人たちから、ぜひ観るように勧められていた映画だ。観てよかった。大森監督のことは僕は何もしらない。それでWikipediaで調べたら、父親が麿赤児とあった。それならよく知っていて、しかもファンだ。大森監督にとってはそんなことは迷惑な話だろう。でも僕はそういうこともこの映画に惹かれたこととどこかでつながっているような気がする。何しろ、真木よう子の演技が圧倒的だ。ほとんど食い入るように観てしまった。僕は吉田修一の原作本を読んでいないのだけれど、この男と女の極限的な愛のありようをみて心が動かないわけがないではないか。極限的なものだけが美しい。非劇的なものだけが美しい。かつての残酷な事件の被害者と加害者。加害者と被害者は愛することができるのか。償いを超えて。憎しみを超えて。そういうありきたりな惹き文句を映像が超えてしまっている。例によって、くずのような報道陣しか登場してこない日本の映画の世界にあって、取材して真相に行きあたり、それでも書かないという週刊誌記者・渡辺が登場してきていて何だか救われた気がした。僕も報道陣のはしくれだからか。そんなことはどうでもいいのだけれど。作中で主人公のかなこが「ねえ、しよ」と性交をするシーンがあって、それが僕には「ねえ、死の」と聞こえた。死と性交は紙一重だし。この映画のなかで、ちゃらちゃら笑っている人物は、かつてのレイプ事件の共犯者で、どうもその後は社会的な成功者になった男だけだった。ストーリーの展開が謎解きのような仕立てだが、謎が解けた後もずっと引きずられるものがある。それこそがこの作品の核だと思う。再度、極限的なものだけが美しい。非劇的なものだけが美しい。エンディングに流れる真木よう子の歌(「幸先坂」というタイトルの曲)がいい。椎名林檎の作詞・作曲とあった。ああ、それから前に記した週刊誌記者役の役者さんは、大森監督の弟で大森南朋という人だった。何だかみんな身内だけれど、だからこそこれだけ濃密な作品が作れたのかもしれないな、と勝手に想像した。それも映画とは関係ないことだろう。モスクワ国際映画祭で審査員特別賞を受賞したそうだ。もう今年は半分過ぎたけれど、この作品の重みはずっと後をひきそうだ。


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