集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


13-5(2) 椅子という小物体から広がる想像世界

(写真提供/世田谷パブリック・シアター)(写真提供/世田谷パブリック・シアター)

 韓国ソウルを拠点とするSML(サダリ・ムーブメント・ラボラトリー)の演劇『ヴォイツェク』をみた。ドイツ演劇の古典的作品『ヴォイツェク』初演から今年が100周年を迎えての公演だ。すでに2007年から世界15カ国で演じられてきたという。演者の身体表現を中心に展開するフィジカル・シアターというジャンルに分類されているらしいが、そんなことはほとんどどうでもいいのだ。ほとんど何もない舞台の上で、演者たちは、むかし中学校の教室にあったような木製の小さな椅子をひとりひとり抱えている。この椅子が演技に必ず使われるという規則性が課されている。そこから見る者の想像力が大きく広がっていく。その意味で、椅子は根っこであり、かつ触媒なのである。椅子は、ある時はしっかりと演者を支え、ある時は演者たちを不安定にさせ、ある時は演者をエロティックに惑わす。また椅子同士が結託して権力を構成したり、監視したり、社会を形づくったりする。椅子と肉体の演劇。短い暗転の間に構成されるステージの視覚的な変幻自在ぶりにすっかり魅了される。それと同時に、この劇においては、韓国語と日本語と英語のチャンポンによって構成された台詞が意外にも多く、また社会批評的な要素を多く含んでいることに気づかされる。こういう多元的な要素に満ちた劇は日本にはあんまりないのではないか。以前、東京で見たポーランドの実験演劇集団テアトル・シネマという劇団も、そういえば椅子を使った同一動作の反復がステージに異様なほどの緊張感を醸し出していたのを思い出す。あるいは、かつてのピナ・バウシュ舞踏団の『カフェ・ミューラー』でも椅子が重要な役割を果たしていた。
 演出のイム・ドワンは、パリのルコック・スクール留学中に、このカンパニー立ち上げを構想していたようだ。終演後のポスト・シアター・トークでイム氏は「演劇とは自分に出会うために出かける長い旅行だ、と若い演者たちに教えているのだけれども、通じているかなあ」と静かに語っていた。SML版『桜の園』にはベンチ12基が舞台に置かれているのだそうだ。是非とも見てみたいものだ。この『ヴォイツェク』の音楽に使われているのが、アストル・ピアソラで、このあたりのセンスが欧米を意識しているのかもしれない。だが韓国的な演技のイメージと実にあっているのだ。内向する言葉と自意識が過剰に発展しているようにみえる日本の新世代の演劇空間とは全く異なる発見をして気持ちがよかった。


back
 

集英社新書>WEBコラム>カルチュアどんぶり

ページ上部に戻る

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.