集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


13-1(2) 北井一夫の見てきた風景

東京都写真美術館にて(撮影/筆者)東京都写真美術館にて(撮影/筆者)

 東京都写真美術館のこの年末年始をまたぐ3つの企画展示はとてもよかった。『この世界とわたしのどこか〜日本の新進作家vol.11』『映像をめぐる冒険vol.5〜記録は可能か。』は、ともに時間をじっくりかけて見たい展示だ。前者の展示では、とりわけ菊地智子が中国のトランスジェンダーの若者を撮り続けた作品群。そして大塚千野が歳月を飛び越えて同置したセルフ・ポートレート(幼い自分と成人した自分が同じ風景の中で並んでいる)には強烈に惹きつけられた。僕はテレビを職業にしているので、後者(『映像をめぐる冒険』)の展示のなかで、金坂健二が60年代アメリカを同時代人として撮影した映像作品や、同時期のTBSのドキュメンタリーがあまりにも強烈に面白くて、立ち尽くさざるを得なかった。あの時代。記録は可能だったのだ。
 でもここで僕が書くのは、写真家・北井一夫の『いつか見た風景』についてである。北井が撮ってきたこれらの時代を僕自身が生きてきた。これらのなかにある1970年の三里塚少年行動隊の集合写真。このこどもたちは、僕よりもちょっと年下だ。彼らは今、一体どこで何をしているのだろうか。船橋の団地から出勤していたあのお父さんたちはまだ生きているだろうか。青森県の東通村の民家でひとりこたつに入っていたあの少女は今どうしているのだろうか。青森県の五能線鈍行列車に乗っていたあの男の子は、今どうしているのだろう。そういう郷愁が噴出してくる。確かに私たちは何かを捨ててきた。失った。写真の一人ひとりの消息をさぐって声を聞いてみたい衝動にかられる。僕は今、この文章を羽田空港の国際線ロビーで出発便を待ちながら書いている。三里塚闘争の舞台になった成田空港は何度も利用した。でもこの羽田空港に国際線の便がこれほどまでに飛び立つことになろうとは、あの当時誰が言っていたか。たくさんの力がぶつかり、たくさんの血と汗と涙が流れ、農民たちの農地が強制収用されたあの時代に。
 北井は自分の撮ってきたこれらの写真を、郷愁のいっぱい詰まった「時代の抽斗」に分類・収蔵してきたのだろう。切ない。失われたものだから懐かしい。なくなってしまったものだから確固としている。悲劇的な経緯を遂げたものだけが絶対的に美しい。だが、このような郷愁の根拠が失われることさえあるのだ、ということを僕らは〈3・11〉のあとに知ってしまったのではないか。
 そう言えば、東京都写真美術館はお正月の2日からオープンしていた。何だか新春大売り出しで開業日を早めるデパートのようなことはしなくてもいいんじゃないかと思ったのだけれど、天邪鬼の余計なお世話かな。


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