集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-12(2) 笠井叡と麿赤児が競演するという事件

(笠井叡氏と筆者 11月30日 楽屋にて)
(笠井叡氏と筆者 11月30日 楽屋にて)

 天使館と大駱駝艦のアマルガムをどう説明したらいのか。僕はわからない。「ハヤサスラヒメ=速佐須良姫」。同じ舞踏という範疇に入りながら両者の方向性は全く異なっているので、それが同じ舞台でどう交叉するのか。一方が西欧舞踏の伝統を踏まえた「飛翔」を希求する垂直的な方向性をもっているのに対して、片方は「重力」の法則にあっさりと従って地を這う土着的水平性の方向性を展開してきたように思う。それは少しばかり、大野一雄と土方巽の方向性の違いとも比較できるのかもしれない。世田谷パブリックシアターは本当に客席が見やすい造りになっていて、しかもステージに奥行きがある。この両者にとってはうってつけの舞台だ。笠井叡をみるのは去年の横浜赤レンガでの「虚舟」以来だ。あの時も笠井の光速的な肉体の躍動にはクラクラさせられた。麿赤児について言えば、実は、今年11月の金沢での唐十郎との公演(当日は唐は病欠だったそうだが)のチケットを買っていたのだが、仕事が入って行かれず、本当に久しぶりに見ることになった。で、結論だが、これはまさに「事件」だった。ベートーベンの第九である。第九を踊る。何という強度の祝祭空間だったことか。群舞では大駱駝艦がすばらしかった。残念ながら天使館にはちょっと乱れがあった。それが終始目についてしまって困惑した。ごめんなさい。踊れもしないのに、こんなことを言って。
 終演後、楽屋を訪問して笠井氏を訪ねた。直前に僕は会場ロビーで『アンドロギニー舞踏』(滝口修造序 赤瀬川原平装 1967年)という幻の写真集を買い求めたばかりで、いささか興奮していた。開口一番、「ベートーベンは誤解されているけれど、第九を聞けばおわかりのように、バッカスなんですよ。」笠井氏はそのように言っていた。笠井の舞踏はまさにバッカスの化身のごとし。対照的なのは麿の動かぬどっしりとした存在感で、この両者が火花を散らしていた。本当に「事件」だった。生きていて本当によかった。舞踏の創始者たちの世代の舞台をリアルタイムで見てきた幸運を思う。この2人は来年ともに喜寿を迎えるというのだから驚く。楽屋で対面した笠井氏はどこか少年のような面持ちを保持しておられたように思う。ダンスということで言えば、間違いなくこの「ハヤサスラヒメ=速佐須良姫」こそが僕にとっては今年のベスト1だった。


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