集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-11(4) あ痛ってて(identity)をめぐる聖なる淫らな悲喜劇

 井上ひさし生誕77フェスティバルの第七弾、『日の浦姫物語』(Bunkamuraシアターコクーン、2012年11月10日〜12月2日)をみた。この戯曲の存在自体を僕は全く知らなかった。1978年に文学座の杉村春子にあてて書かれ初演され、それ以降は舞台化されたことがないから、何と34年ぶりの上演なのだという。今回は蜷川幸雄の演出。近親相姦というギリシア悲劇にあるモチーフを井上ひさし流に日本の中世説話の世界に移植し、それを今度は喜劇を基調にして聖なる淫らな劇にまで昇華させてしまった、と書いてもわけがわからないだろう。だからとにかく見ればいいのだ。観客たちも、これは悲劇なのか、喜劇なのか、はたまた、ひさしさん流のスラプスティックなのか、翻弄されながら見ていたのではないか。だから笑っていいのかどうか一瞬迷ってしまった個所も多いと思う。でも大声で笑えばいいのだ。おかしいんだから。舞台は、説教聖[ひじり](木場勝己)が赤ん坊を連れた三味線女(立石涼子)とともに観客に語って聞かせる説教節のスタイルで進行する。この語りがすばらしい。ある意味で主役はこの説教聖と女なのではないかと思うくらいだ。平安時代の奥州・米田庄の領主夫妻に美しい双子の兄妹ができた。この兄・稲若(藤原竜也)と妹・日の浦姫(大竹しのぶ)が15歳の時に禁を犯してまぐわう。その結果、日の浦姫に男の子が生まれる。禁忌の露見を恐れた藩主の叔父はその赤ん坊を小舟に乗せ海へと流してしまう。だが、それから18年が過ぎて……。15歳から老女までの「女の一生」を演じる大竹しのぶの変幻自在なこと。この人はこのまま杉村春子みたいになっちゃうんだろうか。それに比べて藤原竜也の方は一本調子なのだが、何だか異様な迫力が持続しっ放しになっていて、それが観客にも伝染し、なかなか笑いにくい理由のひとつにもなっている気がした。「あ、痛っ痛ってて!」がアイデンティティの言葉遊びになっていて腹を抱えて笑ったが、そのほかにも井上ひさし特有の駄洒落、地口、言葉遊びが速射砲のように噴出してくるシーンなんかは、観客席の片隅で井上さんがまだ生きていて一緒にみていて笑っているような気さえしたものだ。今回の木戸銭S席1万円也はちょっとお高い気がしたが、説教聖役の木場勝己が最後のどんでん返しのところで木戸銭をせびる台詞を聞きながら、まあいいや、という気持ちにさせられてしまった。わはは。そして、この劇の舞台、米田庄が何しろ現在の福島県いわき市あたりであることの歴史の巡りわせというか。大いに満足しながら、シアターコクーンを出たら雨が降っていた。傘をさす気にならなかった。

《日の浦姫物語》
 主催:こまつ座/ホリプロ/テレビ朝日
 作:井上ひさし 演出:蜷川幸雄
 会場:Bunkamura シアターコクーン
 井上ひさし生誕77フェスティバル2012特設HP:http://inouehisashi77.jp/


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