集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-11(2) 異邦のノスタルジア

(大竹昭子写真展にて 筆者撮影)
大竹昭子写真展にて(筆者撮影)

 仕事の関係で久しぶりにニューヨークに行った。つい2年前までアッパーウェストのハドソン川沿いのアパートに住んでいたので見慣れた風景がいつのまにか目の前に現れた。もちろんこの地では僕は異邦人のひとりにしか過ぎなかったのに、なぜか強烈な懐かしさがこみ上げてきた。その地で取材で動き回っているところへ、東京都の知事が職を投げ出したというニュースが東京から伝わってきた。それで急遽、日本に戻ることになった。ニューヨークから成田までは12時間近いフライト。旅慣れた人ならば機内でうまく時差調整もできるのだろうが、僕はそういうことが苦手なので、成田から東京都内に着いた時にはぐったりしていた。その時なぜか大竹昭子さんの写真展の案内のことが頭をかすめた。写真展は確かあしたまで、場所は南青山だったはずだ。ちょっと寄ってみようか。時計をみると午後5時をまわっていた。場所をみつけるのにちょっと時間がかかったが、その小さなギャラリーに入ってみると、大竹さんが1980年にニューヨークに住んでいたころに撮ったモノクロの写真が展示されていた。1980年といえば今から30年以上も前、つまり一世代前の時間と風景だ。けれどもわずか十数時間前まで僕がそこにいたニューヨークの風景と地続きでつながってみえた。ニューヨークはニューヨークなのだ。写真に撮られていたのはニューヨークの表の顔ではなくて、裏街の煤けた建物の肌触りや気温までもが直に伝わってくるようなシーン。みているうちに大竹さんの写真のなかの風景になぜか愛おしいノスタルジアのような感情を抱いてしまった。それは想像するに、大竹さん自身も異邦人としてすごしたニューヨークの空間と時間に対する、異邦人としての共感のような感情ではないか。ほの明かりのなかでアジア系の数人がテーブルを囲んで話をしている光景や、屋上に現れた数匹の野良犬(?)たちのスリムな体躯、ビルとビルの谷間のような場所でゴミを漁るホームレス風の老人の後ろ姿。どれも懐かしさを感じるのはなぜか。不思議な街だと思う、ニューヨークは。大竹さんはそのギャラリーにいて、先に訪れていた3人連れの人たちに自作につい夢中になって語っていた。さっきのゴミを漁る老人の手前に一匹の猫がいることを、その説明をちょっと離れたところで耳にはさんで知った。あ、本当だ。写真をあらためてみると、黒っぽい猫が一匹うずくまっていた。そのままボーッとした頭のなかにノスタルジアだけが残った状態でギャラリーをあとにした。この写真展をみられたので、あの知事の辞職もラッキーとでも考えてみるか。


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