集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-11(1) ピナは生きている

カーテンコールでのピナ・バウシュ&ブッパタール舞踏劇団 筆者撮影
カーテンコールでのピナ・バウシュ&ブッパタール舞踏劇団
(筆者撮影)

 何しろ素晴らしい舞台だった。終演と同時にBAM(ブルックリン・アカデミー・オブ・ミュージック)のオペラハウスの観客席はスタンディング・オベーションの歓呼に覆われた。ピナ・バウシュの遺作と銘打たれた『石ころの苔のようにcomo el musguito en la piedra, ay si, si, si (Like moss on a stone)』をニューヨークでみた。ピナ・バウシュが亡くなってからもう3年になる。彼女の遺志を継いでブッパタール舞踏劇団はいまも活動を続けている。強烈な個性の持ち主だったがゆえに彼女の死後、緊張感の持続がひょっとして途切れるのではないかという懸念は誰でも抱きがちだが、今回の舞台を見た限り、そんなことは杞憂だった。ピナは今も生きている! ピナが生前よく過ごしたチリのサンチアゴで聞いた歌に触発されて想が練られた作品だという。個々のダンサーたちのソロが素晴らしい上に、グループで演じられた際の人間の本質をえぐるような表現に「ああ、ピナがいる!」と圧倒されるような思いに襲われた。『カフェ・ミューラー』や『コンタクトホーフ』の時代から同舞踏団のなかで異彩を放っていた男性ダンサーDominique Mercyが今回、芸術監督をつとめたということだが、今回のステージでも彼自身の存在感が際立っている。さらにはフィリピン出身の女性ダンサーDitta Miranda Jasjfiにも魅了された。かつて彼女が犠牲の羊となってすさまじい舞踏を繰り広げた『春の祭典』を東京で見た時の興奮が忘れられない。ピナと同時代に生きてその舞台がみられて本当によかった。中国や韓国、東欧系のダンサーら同舞踏団は多国籍の団員構成であることが魅力になっているのだが、日本人のAzusa Seyamaが加わっているのもなぜか嬉しくなってしまう。いくつもの素晴らしいシーンが浮かんでくるが、ジェンダーから派生する不条理を表現するいつかのシークエンスが印象に残る。概してこの作品では女性が前面に出て男性はその一歩後ろにいたような印象だ。だからそこでは女性たちのエネルギッシュな赤裸々さに圧倒されたとでも言おうか。ドミノ状に縦列にダンサーたちが座り、前のダンサーの髪を梳るような動作をするシーンなどは本当に美しいと思った。最もピナ・バウシュ的なシーンというか。チケットはもちろん売り切れで、無茶なことにそれでも見たい一心でBAMに駆けつけた。誰かチケットを売ってくれないものか。ギリギリまで粘った。すると何と幸運なことに、ニューヨークに住むベネズエラ人の心理療法士の女性がチケットを70ドルで1枚譲ってくれた。そういうこともあるのだ、石ころの上に生えている苔みたいに、剥がせない思いがあれば。


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