集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-09(3) 美は越境する

(撮影/筆者)
(撮影/筆者)

 アメリカに住んでいた時、耳に入ってきたのは「デブシー」という音だった。この場合、「シ」にアクセントがある。それが日本語で発音される「ドビュッシー」と結びつくまでにはしばらく時間がかかった。そうか、デブシー=ドビュッシー=Debussyなんだ、と。そのフランスの作曲家クロード・ドビュッシーの生誕150年にあたる今年、コンサートホールでは数多くのドビュッシーの曲が演奏されている。僕が初めて買ったドビュッシーのレコードは、確か高橋悠治がピアノを演奏していた『映像・版画・喜びの島』というやつで、LPのジャケットが水のきらめきをイメージさせるとても美しいものだった。レコードプレイヤーというものがなくなってしまって、その大切なLPも手放してしまった。
 ドビュッシーは生前、画家、詩人、小説家、舞踏家などさまざまな分野の芸術家たちと多彩な交流を重ね、彼らとの相互的な影響のなかで自らの作品を作り上げていった。おそらくアーティストたちのサークル=社交界のようなものがあったのだろう。彼の交流圏の歩みを考証してみようという美術展が開かれていたので足を運んだ。会場のブリヂストン美術館は、音楽家の展覧会なのに音がまるでない静謐な空間になっていた。ドガ、ゴーギャン、ルノアール、モネといった同時代の画家たちの他に、詩人のマラルメやヴェルレーヌ、文学者のメーテルリンク、ロシア・バレエ団のディアギレフ、さらには同バレエ団のダンサー、ニジンスキー、作曲家のサティ、ストラヴィンスキーら交遊関係の広さ、深さに圧倒されてしまう。絵画と音楽の親和性とかいう堅苦しい言葉ではなくて、結局のところ、音楽であれ、美術であれ、舞踏であれ、文学であれ、美は普遍的なものだからジャンルを自然に越境するものなのだ、と勝手に合点してしまう。ニジンスキーが1912年にパリで初演した『牧神の午後へのプレリュード』は、音楽の斬新さに加えて、その舞踏表現が物議をかもし、再演が困難になったほどだったという。美は魔界へも容易に越境する。『牧神の午後へのプレリュード』は、しかし後世のバレエに絶大な影響を残し、舞踏の表現が広がった。例えば舞踏の世界で言えば、それから半世紀以上隔てて、極東の日本という小国から生まれ出た笠井叡とか勅使川原三郎とかのダンスだって、ニジンスキーのチャレンジがなければ生まれていなかったかもしれないではないか。あるいは音楽家・坂本龍一だって全く違う方向に行っていたかもしれないではないか。越境を封じるひとつの要素が、例えば偏狭な国家主義であるとすれば、それとは対極の価値観をドビュッシー展でみせつけられた思いが、今という時代だからこそ、一層強く迫ってきた。


back
 

集英社新書>WEBコラム>カルチュアどんぶり

ページ上部に戻る

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.