集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-09(2) 孤独を知る場所としての雪隠

(カーテンコール 撮影/筆者)
(カーテンコール 撮影/筆者)

 こまつ座「井上ひさし生誕77フェスティバル」の楽しみのひとつは、代表作に加えて、これまであまり上演されてこなかった作品が新しい演出のもとに再演されるのをみられることだ。今回の第6弾、『芭蕉通夜舟』は何と29年ぶりの再演だという。もともとは小沢昭一のために書きおろされた作品で、限りなく一人芝居に近い。俳聖といわれる松尾芭蕉の生涯を36コマのシーンによって再構成する緊張感の持続する趣向となっている。一人芝居は、大勢の役者がそれぞれ自在に演じる舞台とは違って、格段に緊張感が増すものだ。演じる役者にとっては逃げ場がない。ひさしさんの芝居では『化粧』という一人芝居の名作がある。今回の芝居『芭蕉通夜舟』の根底にあるのは、「『人はひとりで生き、ひとりで死んでゆくよりほかに道はない』ことを究めるために苦吟した詩人」という井上ひさしの芭蕉解釈がある。その芭蕉を演じるのは歌舞伎役者の坂東三津五郎。それゆえか客席には三津五郎ファンといわれる人たちも結構いたようだ。ひとりであること、孤独であることを否が応にも知る場所が雪隠(せっちん)であるとの解釈から、舞台では随所に、雪隠で便座にしゃがむ芭蕉の姿が登場する。考えてみると、何というラディカルな舞台設定であろうか。便座にしゃがみながら観客に語りかける。こんな無礼・傲慢が許されるのはこれがすぐれた役者によるすぐれた芝居だからだ。それにしても略年譜をみただけで、芭蕉がいかに安住を好まず、旅、放浪を繰り返していたかに驚く。1689年の大旅行「奥の細道」の行脚経路をみると、西は金沢から永平寺、山中、敦賀、大垣、桑名、四日市、津、伊賀上野、宇治山田などなど。東日本では今回、震災に見舞われた場所も含んで、日光、那須、白河の関、飯坂、多賀城址、松島、石巻、平泉、尾花沢、鶴岡、酒田、新潟、出雲崎、直江津、親不知、子不知などなど。今のように車や鉄道などない時代だ。基本は徒歩であったのだろう。「古池や蛙とびこむ水の音」を詠んだのは1686年。326年も前のことだ。この句の感覚が今現在も共有されているということの凄み。最晩年の句「旅に病んで夢は枯れ野をかけ廻る」は1694年。318年前の句だ。51年の生涯だった。井上ひさしがこの芭蕉の生涯にひかれた理由が劇を見終わった後に何となくわかるような錯覚に陥ってしまう。芭蕉へのオマージュは、ひさしさんの自分自身への問いかけ、僕ら自身の生きる意味への問いかけともダブっているような気がしてくるから不思議だ。みられてよかった。


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