集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-08(3) 原発をテーマにした劇映画『希望の国』をみる

C)2012 The Land of Hope Film Partners10月20日(土)より新宿ピカデリーほかで全国ロードショー
C)2012 The Land of Hope Film Partners
10月20日(土)より新宿ピカデリーほかで全国ロードショー

 園子温監督の映画『希望の国』をみた。原発をテーマとした映画は、数あるドキュメンタリー作品を別にすると、それほどは多くは見ていない。大昔の『チャイナ・シンドローム』(ジェーン・フォンダが主役を演じていた)や『原子力戦争』(黒木和雄監督。原田芳雄とか山口小夜子が出ていた )、『生きているうちが花なのよ、死んだらお終いよ宣言』(森崎東監督。倍賞美津子らが出ていた)、『みえない雲』(ドイツ映画)くらいなものだろうか。せいぜいがそんな程度だ。〈3・11〉と福島第一原発事故後の原発をテーマとした劇映画は、それほど存在していないはずだ。舞台では坂出洋二の燐光群作品『たった一人の戦争』をみたが、演劇と劇映画では自ずと次元が異なる。まったく別の分野だが、Chim↑pomという美術集団が、福島原発事故・警戒区域の至近距離まで行って、旗を立てるパフォーマンスを撮影した短い映像作品もみた。得も言われぬ違和感が胸中に広がったことを覚えている。
 『希望の国』は、劇映画として新しい手法や実験をめざしてつくられたものではないだろう。ストーリーの展開も、福島事故を実際に経験したあとの日本人にとってみれば、むしろ既視感を覚えるものかもしれない。だが、これまでつくられた映画作品と決定的に異なっている点がひとつある。そしてそのことがこの作品を語る上で、きわめて重要な意味を帯びてくるのだと思う。それはこの映画のいくつかの重要シーンが被災地で撮影されているという事実である。被災地をロケハンし、被災地に役者が入り、カメラが回され、演技が進行し、それが収録された。僕は民間放送のテレビ報道部門で働いている。だから報道のために被災地に何度も入った。被災地にも当然ながら生身の現実があり、時間があり、空間があり、そして人間の営みの継続と切断がある。そこでフィクションを進行させることの意味を考える。言葉でうまく言いつくせいないが、そこで進行したフィクションと、被災地の現実というかリアリティとのあいだには強烈な緊張関係が生じる。つまり、このフィクションは、この現実の風景に〈拮抗〉するものであるのかどうか。そのことが突きつけられてくるのだ。その意味では、被災地での劇映画製作はきわめて真剣な試みにならざるを得ない。そして、僕はこの『希望の国』は、被災地で撮られるべくして撮られた劇映画だと思ったのだ。大谷直子の演技がいい。その大谷が被災地を彷徨うシーンに特にその思いがよぎったことを告白せざるを得ない。〈3・11〉までもが忘却されそうになっている今こそ、みられるべき劇映画だ。


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