集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-08(1) 馬脚があらわれまくっている井上演劇

カーテンコールの馬の足たち(筆者撮影)カーテンコールの馬の足たち(筆者撮影)

 井上ひさし生誕77フェスティバルもとうとう第5弾まで来た。何だかんだで全部お付き合いさせていただいた。今回は『しみじみ日本・乃木大将』だ。初演が1979年というから、井上戯曲の初期作品群に属するのだろう。かつて忠君愛国の軍人の鏡のように奉られていた乃木希典。明治天皇に殉死したこの乃木希典と夫人の静子が、なぜ自死を選択するに至ったのかを、乃木邸の3頭の愛馬たち、それに隣家の2頭のメス馬のそれぞれの前足、後足、計10足の立場から推理して浮かび上がらせていくという荒唐無稽な劇の構図になっている。舞台の上ではそれぞれの足が、前足派と後足派に分かれて内部対立したりする。インテリと庶民、本音と建前、頭脳労働と肉体労働みたいに分かれるのだ。それがばかばかしく、せつなく、かつ面白い。さらには、足たちが明治政府の高官や、天皇・皇后らと次々に早変わりする。これが実にアナーキーで小気味よい。正体が透けて見えることを「馬脚をあらわす」という。そうか、「馬脚をあらわす」とはこのことを言っているのだなと合点がいく。何しろ明治大帝や皇后の足が馬になっているのだから。このスタイルが奇妙に可愛かったりする。演出の妙味だ。そのようにして、この空想劇は、日本近代においていかに天皇制が人々を畏怖させる機能を注入されていったのか、抑圧装置としての天皇制の拡散の過程をかなり大づかみに物語ってしまってもいるのだ。役者たちが縦横無尽にいきいきと舞台上を走り回る。なぜなら皆、馬の足なのだから。六平直政の存在感が圧倒的だ。根岸季衣も新宿ゴールデン街劇場でロックを歌っている時のように、実にいい。今回は明治政府の山県有朋や児玉源太郎役に宝塚出身者(朝海ひかる・香寿たつき)がもろに当てられた。ううん、ついに直接に宝塚がキャスティングされてしまったのだ。これが蜷川幸雄独自の演出なのかどうかは知らない。「宝塚風」でおちょくる、楽しむことは、井上戯曲の舞台のなかでもいくつか記憶に残っているが、なかでも三田和代の「宝塚風」は突出して面白かった記憶がある。それが今度は実物が出てきてしまった。何と言うか、その破壊力がすさまじい。実際の乃木将軍が、前足・風間杜夫のように軟弱なところもあるキャラクターの持ち主だったのか、あるいは後足・吉田鋼太郎のように豪放マッチョな軍人タイプであったのか、このあたりは歴史研究家の仕事に委ねるしかないのだが、僕は案外、風間杜夫タイプの軍人だったような気がしている。


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