集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-06(6) 抒情とテクノ

F. トリスターノ(右)と筆者F. トリスターノ(右)と筆者

 フランチェスコ・トリスターノをみるのは、錦糸町のすみだトリフォニー・ホールで今年の2月に行われた勅使川原三郎のダンスとのコラボ以来のことだ。会場のヤマハホールは錦糸町ほどデカい箱ではない。だからいい。しかも運がいいことに、今回の席は最前列だったので、すぐ目の前5メートルほどの所に彼トリスターノがいた。前半のヤマハピアノによる独奏に加えて、後半ではコンピュータを駆使して打ち込みやエレクトリック・ピアノも使っていたので、音が縦横に広がった。テクノと言えば僕は、クラフトワークやYMOが頭に浮かんでくる世代だが、トリスターノはその第一世代の息子世代に当たる。しかもあの時代のテクノにあった気負いみたいなものが全然なくて、ごくごく自然にテクノでバロックを奏でたりしている。これが実に得も言われぬ抒情を醸し出しているのだった。抒情とテクノ。これは全然対立するコンセプトじゃなくて、もちろん相乗的な関係にあるのだ。何と言ったらいいのか、それは文学の世界で、稲垣足穂の世界を想起してみればよい。無機質な物質世界との出会いで醸し出されるエモーション。地上とは思い出ならずや、とは足穂の名言だけれども、この未来派的なノスタルジアは格別の感覚だ。
 休憩をはさんで、L. フランチェスコーニという作曲家の『マンボ』と、これを基調にしてトリスターノ自身が作曲した『マンボ』が演奏されたが、なかなか魅力的な曲だった。これでこの日のコンサートの空気が一変した。世界初演の2曲(J. メッシーナ『Radio hat music』とトリスターノ『La Franciscana』)も聴くことができた。スカルラッティの美しいソナタが電子音の楽曲の合間に奏でられると、抒情とテクノの相乗作用が極点に達した。
 アンコールの求めに応じてトリスターノは『Eastern Market』というノリのいい曲を演奏していた。トリスターノの長い脚がピアノの下で踊っていた。このところ目にすることが多かったロシアからの若いイケメン系ピアニストたちがかえってロシアの古い伝統を再認識させるのと違って、トリスターノの方はヨーロッパの知性と官能で観客を魅了している。こっちの方はあくまでもクールなのだ。
 演奏が終わると、CDを購入した観客を対象にサイン会が始まった。いい歳をして僕は気に入ったミュージシャンには夢中になるミーハーな性分なので躊躇することなく並んだ。何やってんだか。とにもかくにも楽しいコンサートだった。


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