集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-06(4) ある漫画家のグロテスクな日常実験

駕籠真太郎『登校途中の出会い頭の偶然キスはありうるか?実験』青林工藝舎(筆者撮影)駕籠真太郎『登校途中の出会い頭の偶然キスはありうるか?実験』
青林工藝舎(筆者撮影)

 駕籠真太郎という漫画家がいる。青林工藝舎の『アックス』などでたまに読んでいる。超現実的・鬼畜的・過激マンガというか、一度目にするとずうっと不安感が持続するような独特の作品世界だ。彼の新刊が出た。タイトルは『登校途中の出会い頭の偶然キスはありうるか?実験』(青林工藝舎刊)。荒涼とした日本の都市が舞台になっている。いずれも短編だが、作品を通底しているのは、この日本の現実世界に対する明確な「拒絶」の感覚だ。この現実世界を牛耳っている秩序とか序列とか格差とか身分差とか権力とか、そのようなものすべてに対する拒絶。表題の『登校途中の……』の理不尽な実験を遂行しているのは誰か。権威ある研究者である。そして被実験者になっているのは被実験者になることでバイト料をもらっているおそらく高校生だ。これは今行われている学校教育のアナロジーととれなくもないのかも。『医療系都市伝説を実践せよ』という作品になると、醜悪さを通り越して不条理にまで達している。「日本中の金持ちのボンボンが通っている英徳医科大学」が舞台で、ここの学生たちが、金に困っている人間たちに被実験者料=バイト料を支払うという広告を出して、応募してきた人間を好きなように「手術」で弄ぶという吐き気のするようなストーリーだ。だが、こうした構造が今の日本社会に厳然と存在していることを僕らが知ってしまっていることも事実だ。これに似た作品世界を以前どこかで見知っていたように記憶している。それでよくよく考えてみたのだが、平石貴樹という作家の小説の『虹のカマクーラ』という作品を読んだ直後の感覚に近いのか。『ちょんまげ天国』では舞台は江戸時代の日本になるのだが、何と登場してくる侍のちょんまげが全員ペニスなのだ。いったい何コレ?の世界でストーリーが進行する。雑誌『VICE』に連載されていた一枚作品もこの世界への拒絶感に溢れたものばかりだ。『満員電車』という作品では、電車のつり革が人間の手になっていて、逆に人間の手がつり革でできている。このような作品世界と共通するものを以前どこかで見た覚えがあるなあ、と考えていたら思いだした。画家・石田徹也だ。漫画に理屈をこねても仕方がないのだが、僕自身はこの強烈な「拒絶」の意思の持ち主ゆえに駕籠真太郎を支持する。なぜなら今の若い世代にとっては「拒絶」がものすごく困難になりつつあるからだ。


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