集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-03(4) リフシッツのバッハを聴く

リフシッツのコンサート会場にて(筆者撮影)リフシッツのコンサート会場にて(筆者撮影)

 バッハの楽曲は今の日本に深く届く。コンスタンチン・リフシッツのバッハ『フーガの技法』を聴いた。すばらしかった。今回のコンサートも東日本大震災の被災者へのお見舞いの意味が込められたものだという。フーガとかカノン、対位法(コントラプンクトゥス)などの用語については、僕は頭では理解していても、演奏家じゃないので正確にその意味するところがわからない。考えてみれば、大昔にザ・ピーナッツ(!)が歌っていた『恋のフーガ』という曲を子供のころに聴いていて、それが「フーガ」という言葉との初対面だった。あるいはビートルズの『ペイパーバックライター』という曲が「対位法」による演奏形式をとっているのだ、と大人に説明されたのが「対位法」という言葉との出会いだった。だが、今回『フーガの技法』を聴いているうちに、これは作曲の構造、形式にかかわるきわめて重要な技法であって、反復、追いかけ、ポリフォニーといった要素が、ミニマル音楽の形式性、反復性から生まれる「ゆらぎ」と通底するものだと何となく理解した。形があるから感情が盛り込める。あるいは感情が表現できる、生まれ出てくる。
 最後に演奏されたコラール前奏曲『われら悩みの極みにありて』は、バッハの最晩年に病床で口述筆記させた曲だという。ということは1750年の作品。J・S・バッハが生きた時代は1685年から1750年と伝えられている。この時代の教会音楽のなかに表現されていた感情が二百数十年たった今でも、聴く者に普遍的な共感を呼び起こすとは、それ自体が奇跡的なことではないか。『マタイ受難曲』などは、まるで今の日本の大状況を表現しているかのような普遍性をもつ。古典とはそのようなものなのだ。普遍性。
 リフシッツは1976年、旧ソビエト連邦のウクライナに生まれた。だから15歳の多感な時期に祖国ソ連が消滅したことになる。その頃、彼はすでにその才能を世界で広く認められ、まさにソ連解体の年1991年には、ヨーロッパや日本への演奏ツアーを行っていたというから、生来のインターナショナルな人材なのだろう。同じく旧ソ連が輩出した逸材ロストロポーヴィチに認められて、シカゴ交響楽団やニューヨーク・フィルに招かれたという。威厳のある態度を保ち、バッハの『フーガの技法』をピアノで弾き切った姿に、観客たちは心を洗われるような気持になったのではないだろうか。教会音楽には浄化という機能が備わっていることを悟る。

 


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