集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


12-03(3) 東北・雪国の「旅芸人の記録」

『雪やこんこん』のカーテンコール(筆者撮影)『雪やこんこん』のカーテンコール(筆者撮影)

 井上ひさし生誕77年記念連続公演の第二弾『雪やこんこん』をみる。前回見た時は主演が市原悦子だったから、もう25年くらい前のことか。もちろんひさしさんが生きていた時代のことである。それにしても、役者が変われば劇も変わるものだ。だから戯曲は作者が亡くなってもずうっと生き残る。演劇とは役者が旅まわり巡業して歩くという形だった時代があった。いやそちらの時代の方が歴史的には長いのではないか。芝居小屋は常設でも、そこに次々と旅まわりの劇団がやってきて興業をうつ。その旅まわりという形がやっていかれなくなった時代のストーリーが『雪やこんこん』の背景だ。おそらく東北の雪国が舞台になっている。劇団員が移動中に次々にドロン(今や死語!)していく。つまり離脱・逃亡していくのだ。それでも座員たちが劇をやり続ける情熱はどこから来るものなのか。それを劇中でみせるという謂わば劇中劇の形をとるのだが、そこをさらに入れ子構造にして、劇中劇中劇までやってみせて、観客たちは本当に演劇を支えるものが何なのかを感得する仕掛けになっているのだ。
 さまざまな変転を経たのちに今現在に至っている、この「こまつ座」を支えている観客たちとは何者だろうか? 観客席をみると、比較的年齢層の高いペアの人たちが多い。そして劇の進行を食い入るように見つめていた。それこそが演劇を支えているものであり、観客たちは僕自身も含めて、それを舞台で見せられているのだ。座長・中村梅子役の高畑淳子も、旅館の女将役のキムラ緑子も縦横に演じ切っていたが、さまざまな役者たちのなかで元ずうとるびの新井康弘がほどよく存在感を発揮していて惹きつけられた。山田まりやも頑張っていた。役者以外から出発して役者になる瞬間というのがおそらくあるに違いない。役者が演じる快感と観客の魅せられる快感が一致する時間というものがある。そういう瞬間に立ち会うと嬉しくなるものだ。井上戯曲では僕自身これまで散々そういう思いをしてきた。もちろん観客としてだが。そんな折、観客席の片隅に生前、ひさしさんがひとりで舞台をみつめている姿を何度か目撃した。自分の書いた戯曲の舞台が目の前で進行し、観客が惜しみない拍手を送っているのを観客席で見るくらい嬉しいことはあるまい。今はそういうシーンをもうみることはできない。77年記念連続公演の今後の展開が楽しみだ。

 


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