集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


11-11 (2) 勝又進「深海魚」のこと

勝又進「深海魚」(青林工藝舎 刊)と、付録の「四コマ漫画集」(筆者撮影)勝又進「深海魚」(青林工藝舎 刊)と、付録の「四コマ漫画集」(筆者撮影)

 僕は忘却していたことを恥じる。悔いる。1980年代、日本においても反原発運動が盛り上がりを見せた時期があった。1979年3月のスリーマイル島原発事故がその直接の引き金だったのだが、バブル絶頂期に向かう日本社会の価値観の変容のなかで、僕らの国で、その価値観を、その生き方を自問する動きが確かに存在していたのだ。故・高木仁三郎氏が原子力資料情報室を立ち上げたのは1975年。当時、勤務先のテレビ局報道部で原水禁運動担当だった僕が高木さんと初めて会ったのは1978年だったと思う。その少し後に、コミックの世界で原発がテーマとなったことがあったのだ。「ふゅーじょんぷろだくと」という固有名詞を今でも覚えているくらいだ。その場で手塚治虫さえ、「僕は原発には反対です」と明言していた。某電力会社系の組織が鉄腕アトムを原発PRに使っていたことに対する抗議の意味を込めての発言だった。
 今回、青林工藝舎から出版された勝又進の作品集の表題にもなっている「深海魚」は1984年『COMICばく』に掲載された。また「デビルフィッシュ(蛸)」は、その5年後の1989年、チェルノブイリ原発事故の3年後に『季刊リトルボーイ』に掲載された。それらを僕は当時読んでいたはずなのに。確かにそのテーマで企画ものを取材しかけていたはずだったのに。原発PR映画を作ろうとしていたある映画監督に路上でインタビューを試みて殴られそうになったことを覚えている。だが……。
 勝又は1943年、宮城県の河北町(現在の石巻市)で生まれた。東京教育大学の大学院まですすみ原子核物理学を専攻した異色の漫画家である。勝又は2005年の作品集「赤い雪」で日本漫画家協会賞・大賞を受賞している。4年前に悪性黒色腫で惜しくも死去したが、今回の作品集を手にして、僕は冒頭に記したような激しい悔恨に襲われた。しっかりとした原発に関する知識に裏打ちされた原発労働者をテーマとした作品にあらためて接して、原発内労働という疎外構造を射抜いていたその鋭利な想像力に静かな衝撃を受けた。勝又は1989年当時のあるインタビューで「テレビがなくたって、洗濯機がなくたって、人間は充分幸福な生活が送れるんです」と語っていたという。そうなのだ。本作品集に収録されている原発以外をテーマとした「かっぱ郎」「半兵衛」「わら草子」などを読み進むにつれて、人間の孤独を見据えた「幸福論」のように思えてきた。だからこそ「幸福論」に反する原発というテーマを看過できなかった勝又の思いが身にしみるように伝わってくる。「婦人民主新聞」に掲載された4コマ漫画を所収した附録もいい。


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