集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


11-9 (2) 『監督失格』にヤラれて、野方ホープに行く

野方ホープ目黒店にて(撮影/筆者)野方ホープ目黒店にて(撮影/筆者)

「SFXとか派手なものを使わなくても、面白いものは作れるよってことを証明したい。ハリウッド映画より面白いサスペンスにもなるんじゃないか」。日本の映画監督・平野勝之のこの発言は、もちろんあのテレンス・マリックの『ツリー・オブ・ライフ』を意識して語っているのなんかではない。平野の映画『監督失格』は、監督・平野自身と、かつての仕事仲間でAV女優にして元恋人・林由美香との私生活のすさまじいまでの「さらけ出し」の映画である。みていて胸が苦しくなるほどだ。林は2005年に34歳の若さで急逝した。その喪失感から平野は映画を撮れなくなってしまったのだという。その平野が、自らの再起を期し、林由美香へのいわばオマージュとしてこの映画を制作した。映画を見終わって、本当に平野も林もバカタレ(©矢野顕子)だと思う。かつて林由美香とともに自転車ロードムービーを制作したバカタレ平野は、バカタレ林由美香への思いを彼女の死後も振り切れない。その理由が、かつての林の映像を提示することによって観客も無理やり納得させられてしまうのだ。林の母親・冨美代さんは、由美香を不憫に思っていた。女手ひとつでラーメン店・野方ホープを立ち上げ、経営してきた。自身の離婚などで、子供のころ十分に可愛がってやれなかった。由美香はグレた。そして遍歴の末、AV女優になった。どこか突っ張っていて、まるでガキだ。だが、そんなバカタレの林由美香は、放っておけない魅力があるのだ。私生活ドキュメントという分野があるのかどうか知らないが、こういう映画は大嫌いな人も多いだろう。だが、僕はこの映画『監督失格』に大いに惹かれた。いや、ヤラれてしまった。少なくとも『ツリー・オブ・ライフ』よりはずうううっとイイや。それで、ある日の深夜、酔い覚ましにラーメンが無性に食べたくなった時に「そうだ、野方ホープへ行こう」と勝手に思い立ち、目黒駅そばの野方ホープに入った。そうしたら、何と店内の2か所に『監督失格』のポスターが貼られていた。店でラーメンを食べてる人には何の事だかワケがわかんないだろう、と思った。けれども僕は、天才バカボンのパパのように「これでいいのだ」と思いながら、野方ホープ・ラーメン(並)をすすった。映画のラストに流れる矢野顕子のテーマソング「しあわせなバカタレ」は涙腺を見事に破ってくれた。


back
 

集英社新書>WEBコラム>カルチュアどんぶり

ページ上部に戻る

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.