集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


11-9 (1) あれは歓喜のほとばしりとしての歌か

トリポリ市内のカダフィ邸のバルコニーから歌いかける歌手(9月1日。筆者撮影)トリポリ市内のカダフィ邸のバルコニーから歌いかける歌手
(9月1日。筆者撮影)

 この1週間ほどリビアにいた。カダフィ体制の崩壊を取材するためだが、そちらの方は本業のテレビとか別の場所で報告するとして、さて、何よりも大事なのはカルチュアである。9月1日は、今から42年前の1969年にカダフィ大佐が軍事クーデターによって王制を倒し、権力を掌握した「革命記念日」だった。当時の王政は欧米の傀儡みたいな有様で、それを倒したカダフィは反帝国主義の英雄と称賛する向きが多かった。だが、絶対権力は絶対的に腐敗する。カダフィとて例外ではなかった、と言うべきか。イエスマンや家族を政治に重用し、言論の多様性を弾圧し、しだいに革命当初の理想から遠ざかっていったことは事実だろう。だが、僕は一部でレッテルが貼られているように「中東の狂犬」だのという見方とは一線を画する。今回の政変はNATOの介入が決定的だった。その意味では外から無理やり転覆された面がある。で、その9月1日、首都トリポリの旧「緑の広場」は、夜になってとんでもない数の市民がまさに湧くように集まっていた。広場の名前は「殉教者の広場」と改称されていた。そこには臨時のステージがつくられており、壇上からカダフィ体制の崩壊を祝う演説が次々に繰り出されていた。「アッラー!アクバル!」(神は偉大なり!)という言葉が演説の後には必ず発され、集まっていた人々も口々に唱和する。「アッラー!アクバル!」そこまでだったら、イランでもパキスタンでもイラクでもエジプトでもおんなじだ。でもトリポリの9月1日は、そこからが違っていたのだ。歌だ。ほとんど広場にいる全員がその歌をコーラスでおなかの底から大声を出して歌っているではないか。アラブ音楽特有のあの打楽器の刻むリズム(踊りだしたくなる!)のグルーブ感が人々を熱狂へとかき立てていた。あちらこちらで輪になって踊る人々。みると若い人々とか女性が多い。この歌は何という歌なんだろう。リビアに入国してから何度となく耳にして、そのたびに訊ねてみたのだが「さあ?」と笑いながら答えをはぐらかされて一向に曲名がわからない。途中で、「うぉーおーお、お、おー」というコーラスが必ず繰り返される。歌詞もいくつかのパターンがあって、ベンガジの市民蜂起をたたえる内容だったり、ミスラータでの戦闘の犠牲者を讃える内容であったり、新しいリビアのシンボルとなっている王政時代の例の赤・黒・緑の三色旗についての歌詞であったりと、バリアントがあるらしい。トリポリからチュニジア国境へ向かう途中の街道沿いに一か所だけ、その三色旗をあしらったリビア解放Tシャツ(国民評議会の若い兵士連中はそれを着ていたのが多かった)と自家製CD(あの歌が収録されている)が売られていたのだが、買わずに車で通過してしまった。後悔先に立たず。9月1日、少なくともトリポリのあの広場には、歓喜のほとばしりとしての歌が目の前にあった。音楽は僕らを自由にする。そう思いたいのだが……。


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