集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


11-8 (3) 二階堂和美というパワフル姐御

「プロジェクトFUKUSHIMA!」での二階堂和美(8月15日 筆者撮影)「プロジェクトFUKUSHIMA!」での二階堂和美
(8月15日 筆者撮影)

 今年の8月15日は福島にいた。大友良英(ノイズ音楽)、和合亮一(詩人)、遠藤ミチロウ(パンク・ロック)の呼び掛けによる世界同時多発イベント「プロジェクトFUKUSHIMA」をみるためだったが、そこにはいろいろな人々がボランティアで参加していた。呼びかけ人の3人はいずれも福島出身者だ。福島第一原発の大事故以来、福島がネガティブな意味で「フクシマ」という記号になってしまったいま、福島から文化を発信することでポジティブな福島の存在を確認していこうという主催者らの意志は確かに実を結んだと思った。個人的には、被災地を圧倒的に覆っていたようにみえる〈演歌的な心情〉に対して、日本の対抗文化を担ってきた人々の総決起集会みたいな要素もあったのかな、と僕は思ったのだけれど、そんなことはどうでもいいことだ。ニューヨークからは坂本龍一も駆けつけていた。その出演者たちのなかでとても惹きつけられた人がいた。広島から駆けつけたシンガーソングライターの二階堂和美である。大友良英がコンダクターをつとめた「オーケストラFUKUSHIMA!」のなかでも聴衆にまじって何故かひときわ存在感が際立っていたのだが、僕はライブで彼女の歌声を聴いたことがこれまでなかった。ソロのサブステージでの歌声を聴いていて、ああこれはいいな、と即座に思ってしまったのだ。3曲しか歌わなかったが、1曲目の〈あの日もきっとこんな朝〜〉で始まる『蝉にたくして』という曲は、8月の戦争の記憶と、蝉のはかない一生と、原発事故のさなかで危機にさらされているいのちの意味が想像力の中でない交ぜになって、心に突き刺さってくるのだった。彼女が着ていた戦時中の女子学生みたいなワンピースがまた実に歌にあっていた(ごめんなさい)。こういうパワフルな姐御がちゃんといて、広島から福島へ駆けつけてくる状況がまだ日本には残っている。そこに希望を感じる。考えてみれば、日本の対抗文化のなかでは、矢野顕子や大貫妙子らの確かな仕事以外に、消えては現れる「消費音楽」しか僕らのまわりには残っていなかったのだろうか。それらは津波による瓦礫のなかで、海藻や家具や日用品とともに、泥によって使用不能になり廃棄されてしまったのだろうか。まあこんな屁理屈は、「AKB48総選挙」以上にどうでもいいやね、二階堂和美さん。


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