集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


11-6 (3) 井上ひさし戯曲と〈東北〉

『雨』上演の劇場に展示されていた紅花(筆者撮影)『雨』上演の劇場に展示されていた紅花(筆者撮影)

 3/11以降にみた芝居のなかに、井上ひさしの戯曲が2本ある。『日本人のへそ』と『雨』だ。いずれもかなり昔にみた作品だが、今回ばかりは、まるで別の新しい作品をみせられたような強烈なインパクトを感じた。それは物語の背景になっている〈東北〉に対する思いが、今度の被災の記憶と重なって、より一層の重みが加わったからということもあるのだろう。〈東北〉。ひさしさんが生きていたら、今の状況にどのような言葉を発しておられただろうか。
『日本人のへそ』の主人公、ストリッパー、ヘレン天津は岩手の貧農の生まれだった。間引きや身売りが日常化していたような極貧農家の娘が、希望を胸に集団就職で上京するが、過酷な現実のなかでお決まりの「転落」の道を歩む。かと思えば、ストリッパーとして名をあげ、男をどんどん手玉にとっていく強さが描かれている。まあ、男同士やら女同士といったありとあらゆる性的マイノリティたちが登場したりするのもこの『日本人のへそ』だった。ストリッパーが主役の舞台と言えば、ブロードウェイのミュージカル『ジプシー』を思い出すが、井上戯曲の方は、そこにはやはりきわめて日本的な風景が広がっているばかりなのである。ストリップ劇場の座つきコメディ作者はひさしさん自身のいわば自画像なのだろう。ピアニスト小曽根真の音楽がいい。
『雨』の舞台は山形県の紅花の産地、平畠だ。『雨』では、東北の方言がきわめて重要な劇の要素となっている。言葉がその人物のアイデンティティーの証しであるという仕掛けがとても効果的に使われていた。と言うより、この劇の本質的なテーマにもなっているのだ。『雨』について言えば、以前の作品では故・名古屋章が主人公・徳を快演していた記憶があるが、今回主人公を演じた市川亀治郎もまた素晴らしい! 歌舞伎役者というのは自身を客体化・人形化する訓練を幼少時から積んでいるので、『雨』のような舞台では本当に映える。市川亀治郎は本物と偽物との変幻自在ぶりを見事に演じきっていた。永作博美も、以前の有馬稲子が演じていた女房役のおたかを好演しており、本当に楽しめた。演劇は一回性のものなので、舞台ごとに刻々と変わるし、時代状況によって進化も深化もする。井上演劇は、悲しいことに、東北で起きてしまった大災害によって、逆に普遍的な力を得て、ますます深化を遂げた。だが、劇から伝わってくるメッセージは、観客たちの創造力を通して必ず不屈の〈東北〉の再興に資するだろう。ラストシーンの紅花畑に浮き立つ東北の人々の姿。共同体の存続のため犠牲に供される主人公・徳の姿は、ホンモノのリーダーになろうとしてなり切れずに次々と交代させられてきたニッポンという国の総理大臣の姿になぜか重なるような気さえした。


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