集英社新書
カルチュアどんぶり
作者近影 金平茂紀(かねひら しげのり)
TBS「報道特集」キャスター。1953年北海道生まれ。1977年TBS入社。報道局社会部記者、モスクワ支局長、「筑紫哲也NEWS23」担当デスク、ワシントン支局長、報道局長、アメリカ総局長及びTBSインターナショナル副社長等を歴任。2004年度「ボーン・上田記念国際記者賞」受賞。著書に『テレビニュースは終わらない』『世紀末モスクワを行く』『電視的』『二十三時的』『ホワイトハウスから徒歩5分』『報道再生ーグーグルとメディア崩壊』(河内孝氏との共著)他。


11-5 (3) バシュメットのアンコール

バシュメットのアンコール曲の掲示(筆者撮影) バシュメットのアンコール曲の掲示(筆者撮影)

 ロシア人のクラシック音楽の演奏家たちは、一般的に言って、アンコールの求めに対して寛容だ。気前がいい。興が乗ってくると延々とアンコールを続けたピアニストもいた。ユーリー・バシュメットは僕がもう20年くらい聴き続けているヴィオラ演奏者だ。1991年から4年近く住んでいたモスクワで初めて聴いたのが最初だった。あの時はバシュメットもまだ40歳になるかならないかの年齢だった。まあ、自分と同じ年齢だということもあって同世代感、親近感を一方的に抱いてきた。我ながら駄目なファンだなと思う。3月11日以降、来日予定だった演奏家たちが次々にキャンセルするなかで、親日家のバシュメットとモスクワ・ソロイスツ合奏団はちゃんとやってきた。東京オペラシティのコンサートホールでの演奏では、前半は、新進バイオリニストのアリョーナ・バーエワや実娘のクセーニャ・バシュメットのピアノで、メンデルスゾーンのバイオリンとピアノのための協奏曲や、難解といわれるパガニーニの曲を披露したが、後半は自らもヴィオラを手に取り、パガニーニのヴィオラ協奏曲や、定番のチャイコフスキーの弦楽セレナードを奏でた。こういう時にチャイコフスキーの誰でも知っている曲を聴くと本当に救われる気がする。バシュメットは後輩の育成にとても心血を注いでおり、モスクワ・ソロイスツ合奏団も1992年に当時の音楽大学の学生らを中心に結成したものだった。ところで、この日のコンサートでもアンコールの求めに応じてバシュメットは実に素敵な3曲を奏でた。1曲目は、武満徹の映画音楽で「他人の顔」の中の一曲『ワルツ』だった。美しい曲だ。さらに2曲目はシュニトゥケの『ポルカ』。バシュメットはよくアンコールでこれをやる。好きな曲なのだろう。そして最後の3曲目。マイクで曲を説明したバシュメットは、津波にあった犠牲者に捧げると言って、ベンダーの『グラーヴェ』を演奏した。悲しみに耐えることを自分自身にいいきかせるような重くかつ美しい曲だった。この曲を演奏し終えたあとのバシュメットやモスクワ・ソロイスツのメンバーたちの表情には、強い悲しみへの共感のようなものが滲んでいた。聴き終えて涙があふれるのをこらえられなかった。音楽はこんなにも感情を増幅するものだろうか。あの日3月11日のあと、音楽の受容の仕方が自分のなかでも決定的に変わってしまったように思う。


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