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016 オリンピック
◇ソルトレーク
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| オリンピックを一緒に観戦したミルキー。名前からは白い毛並みを想像しますが、ノラ猫だったころに近所の子供がミルクで飼いならしたため、そう名付けられたそうです。 |
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| キャンパスを見渡すスポーツジムとダンススタジオが完成。記念式典ではテープカットが行われました。 |
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| オリンピック選手を二人送りだしたスケートリンクのキャッチフレーズ。この日は、教職員によるホッケー対決が盛り上がりました。 |
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| スポーツ観戦の後、冬の演劇パフォーマンスへ向かいました |
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| ディケンズの「ニコラス・ニコルビー」を熱演したキャスト。 |
しかし、今年の寮はコモンルームにテレビがないのです。どうしても開会式を見たかったので、アドバイザーの一人、ミス・ホッジンの部屋を訪ねてみました。「4年に一度の大イベントだしね。いいわよ、居間でくつろいで」そう言われて、猫のミルキーと一緒にリビングへ。テレビを付けると、まだコマーシャルが流れています。間もなく、「何見てるの?」と、廊下を通りがかったケイティーがドアから顔を出しました。「開会式。一緒に見ない?」「えーっ、何の?」「オリンピックだってば! 今日からだって忘れてたの?」「そうだったんだ。どこの国で開催されてるの?」
「これ、ソルトレークだよ!」そう答えながら、この時は彼女の反応が信じられなかったのですが、次の日には「朝刊の表紙で五輪開催について始めて知った」という人が、かなり多いことに驚いてしまいました。メディアがオリンピック特集に力を入れているので、事前に気付かない方が難しいはずなのですが……。例えば、総合ニュースの間に「ビジネス」、「スポーツ」などのページが別々に折込んであるニューヨーク・タイムズ。特に読みごたえがあるのが、普段の60セントという値段に比べ、$3と割高な日曜版で、ニューヨークの話題を伝える「メトロ・セクション」や、マンガだけの通称「サンデー・カートゥーン」などと共に、オリンピックの間は特別版「ソルトレーク」が挟み込んであるのです。この形の長所は、読みたい分野だけを選ぶことができ、さらに横幅が短いいため広げても場所を取らないこと。ただ、一つの記事が1ページで完結することが少なく、「8面へ続く」というケースが多いことには慣れることができません。学校が膨大な部数を購読しているため、キャンパス中に新聞が置いてあることに初めは驚きましたが、慣れてみると頼りになる情報源です。
ミス・ホッジンの部屋も、オリンピックを見たいという人が集まり賑やかになってきました。ソファに座りきれない人たちが、席の取り合いを始めているほどです。「静かに!」いよいよ、選手入場のアナウンス。「今のフランス語、聞き取れた!」「何で放送が英語じゃないの?」「二ヶ国語だよ。そんなにうるさいから続きが聞こえないだけ」ところが、こうして騒いでるところに、「ミーティングを開くから集まって!」とプリフェクトたちがやって来ました。「明日の夜まで待てないほど緊急な話題なの?」と抗議したのですが、短いお知らせですぐ終わる、と説得されてコモンルームへ。始終、「もうすぐ日本だから、Jにたどり着く前に、早く!」と、そわそわしていたのですが、話し合いが解散してテレビへ飛んで帰ると、選手団はアルファベットのNまで進んでいました。「せっかく式の最初から待っていたのに、見逃した!」
しばらくして、私もショックから立ち直り、みんなと最後まで演出を楽しむことにしました。各国のユニフォーム批評も盛り上がり、いつの間にか、ちょっとしたオリンピックパーティーになっています。そして、一番気になるのが聖火リレー。誰が聖火台に点火するのかは最後の瞬間まで極秘のため、様々な憶測が飛び交いました。「2001年の顔、ルーディー・ジュリアーニかな?」「もう星条旗はたくさん。やっぱりスポーツに関係する人だよ」そして、いよいよ聖火が会場に到着。時差のため、私たちにとっては既に11時半でした。「レークプラシッド大会の男子アイスホッケーチーム!」すぐにはピンと来なかったのですが、彼らが冷戦中に強豪ソ連を敗り、優勝した試合は米国民にとって忘れられないもの。1980年と言えば私たちが生まれる以前の出来事ですが「ミラクル・オン・アイス」で全国に感動と勇気を与えたアメリカチームはこの場にふさわしい、とみんな納得。満足して部屋へ戻っていました。
◇愛国心
選手が国別に分かれてぶつかり合う競技は、ナショナル・プライドを呼び起こすようです。オリンピックにはかなわないものの、世界の30ヶ国・地域が代表されている本校では、約10%が海外に住む学生。韓国の生徒が17人で最も多く、15人の香港、10人のカナダ、と続きます。ヨーロッパ出身者は意外と少なく、スウェーデン、イタリア、モナコ、スイス、フランス、ドイツから各1名ずつ。他にも、少数派ではチリやブータン、ガーナから1人ずつ、そしてコロンビアからも4人通っています。オリンピックが開幕してから繰り広げられている、eメールでの愛国心バトルには笑ってしまいました。母国の選手が大活躍しているカナダやドイツの生徒は、誇らしげに熱心な書き込みを続けています。しかし、冬期オリンピックでは対抗できない、と諦めている人も返信を欠かせません。部屋に貼ってあるフセイン元国王のポスターが有名なオマーの「もし、サウジにホッケーチームがあれば優勝する自信がある」という主張はだいぶ無理がありますが、お国自慢も火花を散らすほどになると恐ろしく真剣。ほどほどにしておきたいものです。
◇卒業生の活躍
チョート校の生徒として、このオリンピックに注目する理由がもう一つ。実は、女子アイスホッケーチームに卒業生が二人もいるのです。まず、私も会ったことがあるのは去年の夏に卒業したジュリー・チュー選手。彼女は生徒会長に選ばれたものの、フォワードとしてオリンピック代表入りが決定したため任務を辞退し、最終学年の一、二学期を休学して2000年冬にアメリカチームとトレーニングを積んでいました。学校では、ホッケーはもちろん秋のサッカーでもキャプテンを務め、春にはソフトボールで活躍。ソルトレーク大会のために一年間休みを取った後、今年9月からハーヴァード大学の1年生になります。2001年6月に本校を卒業した直後、夏休みにボストン郊外で自動車事故にあったというニュースには心配したのですが、幸運なことに何度も横転した車の運転席から無傷で脱出したと聞いて一安心。チョートで一緒にプレーしたことのあるチームメイトに話を聞くと、「ジュリーは、おもしろくて学年の人気者だった。氷にあがるとショットの正確さでは誰もかなわないし、あのスピードにはついていけないと思ってたらオリンピック候補だったのね」と大喜びでした。
8歳の時に、兄のプレーに感動してフィギュアからホッケーへ転身したというジュリーは先日、ニューヘブン・レジスターの表紙を飾っていました。地元の学生がオリンピック代表に選ばれたというニュースだけでなく、話題になったのは彼女の家族に関わるエピソードです。高校生の頃「絶対、次のオリンピックに出場する」と言い張る彼女の負けず嫌いの性格を気づかい、半分からかいながら父親が申し出た賭け。それは、もし2002年代表の座を勝ち取ったら、家族全員がタトゥーを入れるというものでした。そして2年後、米国チームのコーチから電話がかかってきたのです。新聞社のインタビューに答えるお父さんは「約束は約束ですから。それにしても、保守的で有名な私たちが入れ墨?と近所でも驚かれています」とコメントしていました。母や妹と、30年前に香港から移住した祖母も含めて、おそろいの五輪マークのタトゥーで代表入りを祝福。そんな家族と、チョート在校生のサポートに押されて、ジュリーはソルトレークのリンクに立ったのでした。
そして、本校を4年前に卒業したのがパワフルなディフェンダー、アンジェラ・ルジェロ選手。彼女も、今大会のために二年間通ったハーヴァード大を二年間休学し、2000年レークプラシッドキャンプを始めとしたトレーニングを重ね続けています。4年前、史上最年少の18歳で出場した長野五輪では全6ゲームに出場し、金メダルに貢献。チーム最長の18分、というペナルティータイムからわかるように、非常にアグレッシブなプレースタイルで有名です。アンジェラも、長野大会に向けてチョートでの冬学期を休学し、独学で単位を取得して98年6月に無事、卒業式を迎えたという努力家。次のオリンピックには、私の学年から代表が選ばれるのでしょうか? ホッケーチームに期待がかかります。
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