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集英社新書WEBコラム

 画一化した社会は死滅する。いまの日本は坂道を転がり落ちてる感じ。21世紀へのふくらんだ夢もあっというまに萎みつつある。現在、誰もがなんとかこれまでとは違った生き方を見つけようとしているが、では、価値の多様化はいかにして可能なのか。世界には日本より貧しい国は無数にある。いまや日本の国際的信用度はイタリア並みというが、彼らは、もはや破産寸前といわれた時期でも、深夜までカフェで語り合ったり、踊ったり、小さな賭けをしたりで、なんとも楽しそうだった。その違いはいったいどこにあるのだろうか。

第89回 ぼんやりの効用

01 ひたすらぼんやり過ごす

 ぼんやりの効用というのがあって、大切なアイデアというのは必死に考えているときではなく、ふっと力を抜いたときにパッとひらめくことが多い。だから歯医者の待合室とか、電車での移動中とか、眠る前のベッドでのひとときは決してムダではない。しかし、現在、周囲を見渡してみると、人を待っているときも、電車に乗っているときも、コーヒーを飲んでいるときも、みんなスマホに目をやっている。ちょっとでも時間があればメール、Facebook、Twitterなどのチェックにいそがしい。時間をムダにしてないようにみえて、もっともムダにしているのがそれらの行為なのだけれど、わかっていてもやめられないのだろう、だれもが一種の中毒症状を呈している。

 マクルーハンは、戦後になって情報量が飛躍的に増え、「いまの6歳の子供の情報量はかつての60歳の情報量とほぼ同じになった」と書いた。それから50年、コミュニケーションの量の増大はそれから考えても等比級数的に増加の一途をたどり、いまや身動きがとれないほどの情報氾濫に見舞われている。すでにおわかりのとおり、かつての60歳の限られた情報量で人生に十分太刀打ちできたわけだから、いかにムダな情報に踊らされて消耗している人が多いかということでもある。

 ぼくはどちらかというと短気でせっかちなほうだが、それが理由かどうかわからないけれど、どうしても一か所にとどまっていられない。編集者から「なかなかつかまりませんね」と言われると、たいてい「一年間に200日旅をしているので」と説明するのだが、それはホントのことで、まったく落ち着かないことこのうえない。かつては海外が多かったけれど、このところは国内を放浪している。旅をすることはぼんやりすることだ。仕事場にいると心がせっかちになる。旅をしていると自然にぼんやりとした時間に満たされる。それが旅の第一の効用だと思っている。

 そもそもこういう生き方をしていると、だいたいイヤな人と出会うことがなくなる。しかし、人嫌いというわけではない。ちょっとでもおもしろいことがあればやじ馬のように顔を出す。つまらなければすぐに引っ込んでしまう。その繰り返し。もうすぐ7月に入るけれど、いつもどんな調子で過ごしているか、この一か月を簡単に振り返ってみよう。

02 初夏を楽しく過ごす

 まずは、5月某日、ふらっと京都に降り立った。小妻容子・空山基原画展があるからだ。小妻容子さんは亡くなってしまったが、空山基さんはいま世界的にも大活躍しているイラストレーターだ。前日に大阪で講義があって、遅くまで飲んだので、京都に着いたのはすでに昼を過ぎていた。暑い。八坂神社まで歩いて「八代目儀兵衛」で地鶏の親子丼1380円を頼む。ここはご飯がとんでもなくおいしい。ご飯をお替りするとついてくるおこげがまた絶品。そこから京阪三条まで散歩。地下鉄で小妻容子・空山基原画展をやっている堀川通ぞいの瀟洒なギャラリー「京町家ぎゃらりい ほりかわ」に向かう。

 入口を入るとすぐにその筋では有名な縄師(調教師)の志摩紫光氏が出迎えてくれる。女性モデルを木から逆さに吊り下げたり、全裸で雪の中を引きずりまわしたり、バーナーであぶったり、過激なことで知られているが、実際に会うとおだやかな紳士だ。もちろん普段から怖かったらだれも近寄ってこないだろう。

「いまはもうSMはダメになってしまったのでは?」と聞いてみる。
「いや、そんなことはないと思います。ただファッションとして取り入れている若い子が多くなっただけで、彼らは本当の心のつながりまで求めているのかどうか。なんか中途半端なんですね」
「でもかつて隆盛を誇った『SMスナイパー』などほとんどつぶれてしまったし」
「ええ、たしかに発表の場は少なくなりましたね」

 ギャラリーに常駐する女性たちが縛りの絵を前にして熱心に解説してくれる。みんな志摩氏に調教されているということだが、そんな素振りはまったく見られない。そこへ偶然、読売テレビのプロデューサーだった木村良樹さんが入ってくる。フレンチレストラン「シェ・ワダ」を舞台にした官能的なパーティの写真を撮って以来だから、5年ぶりくらいになるだろうか。あんなパーティをもう一度再現したいものだ。

 その4日後。いったん東京に戻ってから神戸入り。神戸ファッション美術館で元大阪大学総長の鷲田清一さんとの公開対談だ。まったく気のおけない友人で、いつも打ち合わせもせず成り行きまかせ。タイトルは「おとこが男でいる理由」。男の魅力は、かつてのように力強く、頼りになり、心が揺れないといったものではなくなっている。この30年、女は男になによりもやさしさを求めてきたため、男は不必要なまでにやさしくなっている。こんな時代の男の魅力はどうなっているのか。そもそもこの20年ばかり女について語られることは多かったけれど、男についての言説はほとんどなかったといってもよい。たとえあっても、「男が弱くなった」とか「精子がなくても子どもが産める」とかマイナスイメージばかり。

 しかも、女の子が手をつないで歩いていてもだれも文句を言わないが、男同士が見つめ合ったり、からみあったりすると、すぐにゲイとかホモとか非難される。しかし、よく観察してみると、たとえばパゾリーニの映画『テオレマ』では、突然やってきた男が、屋敷の主人、妻、息子、娘、家政婦の五人全部と性関係を結ぶという設定になっているが、もっとも刺激的なのは息子が誘惑されるシーンだった。

 いずれにせよ、結論としては「いつの時代でも男の魅力の最たるものは〈正体不明なところ〉にあるのではないか」というあたりに持って行きたいと思っていた。毎日決まった時間に帰ってきて決まった時間に出かけるような男に魅力もなにもない、いつも何をしているのか、どこにいるのかわからないところに男の魅力がひそんでいるのではないか、というあたりに話を導こうと思っていたのだが、鷲田さんにつられて、いつのまにか「やっぱり女っていいよね」という空気になってしまった。

 翌日、大阪森ノ宮でPDAダンス公演「ムーヴ」を見た。PDAとは男性ダンサー集団で、男ばかり二十数名のステージがどんなものになるのか最初は半信半疑だったのだが、2010年の最初の公演「マスク」はセクシーな男たちの魅力満開で、すっかりその魅力にとり憑かれてしまった。今年で3回目の公演にあたるのだが、主催者側の錦見眞樹さんと知り合えたことが幸運で、毎年新しい発見があるのがうれしい。

 今回の公演では3部構成の第2部「Patch work」が特にすばらしかった。腹ばいになった男たちが舞台のそでから這い出てきて、爪で床をたたく音から始まり、相互にくっついたり離れたりまるで粘菌か微生物系の生き物を連想させる動きを見せる。このダンスの振付がすばらしい。特に男性同士のデュエットの美しさにすっかり魅了されてしまった。もともと男女で踊るように振付られた作品だと聞いてはいたが、それを男たちが踊ることによって性を超えたステージになっていた。前日の公開対談で男同士の結びつきの魅力について語り合ったことがまざまざと思い出されてくる。

 5月26日(日)にはダービーがあるので、東京競馬場に出撃するつもりで東京に舞い戻る。しかし、一週間飲んでばかりだったせいか当日になって疲れが出て、思わず方針転換して家で過ごすことになった。これではなんで東京に戻ったのかわけがわからない。ダービーはキズナ(武豊)が勝ったのはうれしかったけれど、現場に出撃していたらもっと大量に馬券を買っていたはずだったので、ちょっと残念な気がしないでもなかった。父ディープインパクトと同じ武豊騎乗で、父と同じく大外を一気に追い込んで勝ったせいか場内の興奮もすごかったらしい。こちらはそこに居合わせなかった自分の計画性のなさに呆れかえったのだった。仕方なくDVDでウディ・アレンの「ミッドナイト・イン・パリ」を見て、ひたすら酔っぱらって過ごしたのだった。

 それでも、翌週には立ち直って世界的なジャズトランぺッター近藤等則氏から送られた映画「地球を吹く」(Blow the Earth)のDVDを繰り返し見て聴いて過ごした。ほぼ一週間毎日聴いたといってもいいくらい素晴らしかった。もともと20年前、NHK「世界わが心の旅」で彼がイスラエル(エルサレム)を歩きながら即興でトランペットを吹くシーンを見てすっかりファンになっていた。今回は足摺岬(たぶん竜宮神社か)、四万十川、阿蘇、出羽三山の羽黒山、湯殿山、泉谷の棚田、東日本大震災後の岩手の吉里吉里海岸、亀ケ森(宮古の一本桜)、屈斜路湖など、日本を舞台に現地で吹雪にさらされたり風に吹かれたりしながらみごとな演奏を聴かせてくれる。そして、そこに即興だからこそのリアリティが浮かび上がる。ぼくが昨年発表した『日本の聖地ベスト100』(集英社新書)のイメージそのものだった。言葉で伝えられないものを音楽はいとも簡単に表現してくれる。

 6月8日(土)からは読書サークル「猫町倶楽部」(山本多津也代表)主催の「神島読書会ツアー」。三島由紀夫「潮騒」の舞台となった伊勢湾の神島に向けて出発する。当日早朝名古屋駅出発ということで、前日から名古屋に泊まったのだが、かつてNHK「35歳」という番組(NHK名古屋局制作)のキャスターを一年間やって以来、名古屋には愛着を持っている。当時は毎週大阪から通って鰻(ひつまぶし)とか名古屋コーチンとか食べ歩いたものだった。昨年も名古屋青年会議所で講演をやって遅くまで飲んだり食べたりしたが、いつも楽しい思いをさせてくれる。

 名古屋から鳥羽までバスで移動してからフェリーで神島に渡る。小さいけれどとても雰囲気のいい島だ。暑くて死にそうだったけれど、次第に島の空気によって癒されていく。みんなでお約束の「その火を飛びこえてこい」ごっこをやったり、読書会をやったり(それが今回の趣旨だった)、夜は卸問屋で買ったという大量の花火で遊んだり、朝4時まで飲んだりして、翌日はヘロヘロになりながら伊勢を参拝して過ごしたのだった。神明神社(石神さん)、伊雑宮、月読宮、興玉の森、伊勢神宮内宮と回るすごいスケジュール。60名の大所帯だったけれど、だいたいみんなの顔も覚えられたし、月末のチークダンスのパーティでまた会えるのが楽しみだ。

 翌日の6月10日(月)は大阪で講義(「祈りの研究」)があったので準備不足を心配したけれど、そちらも飲んで騒いで相変わらずの展開になった。まあ、たいていそんな調子で一か月が過ぎていく。その間に「週刊文春」「週刊現代」「週刊SPA!」などに多くの原稿を送ったり、本も何冊かまとめたりするわけだから忙しくないわけではないけれど、いま振り返ってみてもほとんど仕事か遊びかわからないものばかり。こんな調子で死ぬまでやっていけないものか。

03 そして、のんびり読書する

 というわけで、今週は、山口、広島(比婆)、松江、出雲、大阪と旅が続くことになる。しかし、こんなふうにしていても、仕事場で必死に仕事をしているのと比べるとやっぱり七割がたぼんやり過ごしていることになる。しかも、そんなふうに毎日を送りながら、この一か月間、移動中も含めて本もたくさん読めたわけだから、やっぱり旅をするのって効率がいいのかもしれない。毎月同じような過ごし方をしているせいかお金はまったく貯まらない。というか、いつもぎりぎりだ。しかし、そんなことで躊躇していては楽しい人生は送れない。今回はたまたま調査が少なかったけれど、とにかく「よく学びよく遊べ」だ。さあ、衣類のクリーニングもできてきたし、月末からの調査に出かけよう!


○植島 啓司(うえしま けいじ)

1947年東京生まれ。宗教人類学者。1972年東京大学卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了後、シカゴ大学大学院に留学、ミルチャ・エリアーデらのもとで研究する。関西大学教授、NYのニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ客員教授、人間総合科学大学教授を歴任。1970年代から現在まで、世界各地で宗教人類学調査を続けている。『聖地の想像力』『「頭がよい」って何だろう』 『偶然のチカラ』『世界遺産 神々の眠る「熊野」を歩く』『賭ける魂』他。

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