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集英社新書WEBコラム

 画一化した社会は死滅する。いまの日本は坂道を転がり落ちてる感じ。21世紀へのふくらんだ夢もあっというまに萎みつつある。現在、誰もがなんとかこれまでとは違った生き方を見つけようとしているが、では、価値の多様化はいかにして可能なのか。世界には日本より貧しい国は無数にある。いまや日本の国際的信用度はイタリア並みというが、彼らは、もはや破産寸前といわれた時期でも、深夜までカフェで語り合ったり、踊ったり、小さな賭けをしたりで、なんとも楽しそうだった。その違いはいったいどこにあるのだろうか。

第86回 福井から近江八幡へ

01『日本の聖地ベスト100』

 習慣というのはおそろしい。ようやく『日本の聖地ベスト100』(集英社新書)を書き上げたばかりだというのに、いつのまにかまた聖地を旅している。つい2週間前のことである、福井から勝山に移動し、久々に平泉寺白山神社を見てまわってから、さらに琵琶湖東岸を長浜まで移動して、渡岸寺十一面観音を見て、さらに竹生島に渡って近江八幡まで下るという日程だった。

 それほど「ベスト100」にこだわっていたわけではないのだけれど、本を出してから「高千穂に行ってきました」とか「諏訪大社を訪ねてみました」とか「伊勢はやっぱりおもしろいですね」とかいう感想というか報告のようなメールをたくさんいただいて、「パワースポット」という言葉では説明しきれない何かを多くの人々が求めていると改めて実感したのだった。

 だいたい国内の主なところは概ねまわってしまったので、この夏からは自分のフィールドである海外の主要な聖地をもう一度訪ねてみたり、これまで30年以上調査を続けてきたネパールやインドネシアなどの宗教儀礼についてまとめたいと思っているのだが、それでもまだまだ日本の聖地への関心が薄れることはなさそうである。

 海外調査を長く続けていると、逆に日本の宗教や信仰の特殊性といったものがよく見えてくるものだが、日本文化の重層性というか、「相手を完全に排斥しないで自己主張する」という折衷的なところにはやはり感心してしまう。これがキリスト教やイスラームの場合だと、それまでの宗教を完膚なきまでに排除して、そこに、その同じ場所に、平然と教会やモスクを建てるというのが当たり前となっている。だいたい一神教と呼ばれるものほど自分に従わないものに対して容赦がない。

 日本の場合だと、ものすごくプリミティブな聖地—ただの岩、洞窟、瀧などが後に栄華を誇った平安・鎌倉・室町などの大伽藍と共存していて、それらの関係性を読み取ろうと思えば読み取れるというところが他にはないアドバンテージとなっている。神道、仏教、修験道、道教、陰陽道、素朴な山岳信仰から自然崇拝に至るまで、これほど多彩な聖地が集まっている国は他にはなかなか見当たらない。インド、ネパール、スリランカ、東南アジアなどを見てまわっても、ますますその思いは強くなるばかりなのである。

 そんななかでもネパールは日本に一番近いところがあり、ヒンドゥー教、大乗仏教、ネパール仏教(かつてはラマ教と呼ばれた)などが混在しているところも日本とよく似ているし、やはり寛容さでもひけをとらず、人間の数より神々の数のほうが多いとされてきた。そんなネパールに30年近く調査に訪れていても、路傍の石をリンガに見立てたり、ちょっとした池をインドラと結びつけたりする傾向はあるものの、やはり、日本のように一つの信仰を超えて崇拝されているような場所はそれほど多くはないのである。

 もしかしたら日本の聖地を知ることによって世界の聖地が本当によくわかるのではないか、というより、もっと本質的な問い—いったい信仰とは何かを理解するきっかけがそこにひそんでいるのではないか、そんなふうにさえ思えてくる。『日本の聖地ベスト100』にも書いたが、水源近くにあるちょっとした岩の裂け目や洞窟が「龍穴」と名づけられたり、龍(竜)神信仰と結びついて伊勢から諏訪へと移ったり、雨乞いの神として朝廷に重んじられ、水の神との観念連合から農耕の神として祀られたりする。このようなイメージの重層化はとても偶然のこととは思えないのである。  そんなことを考えながら、まず向かったのが福井県勝山にある平泉寺白山神社だった。

02 藤ヶ崎龍神まで

平泉寺白山神社(撮影:編集部)
平泉寺白山神社(撮影:編集部)

 おそらく日本でも一番時間のかかる電車ではないかと思われる「えちぜん鉄道」勝山永平寺線は、それでもなんとも趣のある電車で、路面を走ったかと思うと緑深い山間部を走ったりして、ぼくらから見るとそれほどたいしたことのない距離をたっぷり1時間かけて走り抜けてくれる。そして、さらに勝山から車で30分、そんな思いまでして平泉寺を訪ねる人はそう多くはないだろう(そもそも東京からだと福井までがまた不便だ)。それでも、もしかしたら都築響一氏が喜びそうな越前大仏(坐像では日本一)があったり、平成の勝山城があったり、恐竜博物館があったりで、物見遊山の客には事欠かないのかもしれない。

 平泉寺白山神社(『日本の聖地ベスト100』第38位)はなかなかみごとなところで、一面絨毯のように敷きつめられた青苔(こけ)が美しく、そこを歩いているだけで気分が爽快になってくる。白山信仰を開いた泰澄が717年にここで御手洗池を見つけ、それが平泉寺の起源となったという。いまも発掘が進んでいるが、かつてここには三〇〇〇あるいは六〇〇〇ともいわれる僧坊が立ち並び、中世から近世にかけて一世を風靡したのであった。よくぞこんな奥まったところにという感想を持つのはぼくだけではあるまい。

 勝山から福井に戻り、琵琶湖経由で小浜に抜けようとしたが、それだとあまりに時間がかかるので、琵琶湖東岸にあたる長浜で宿をとることにした。その近くには渡岸寺十一面観音(国宝)がある。この像も聖武天皇の代というから8世紀にさかのぼるかなり古いもので、インドや西域の影響を色濃く残している(残念ながら撮影禁止)。十一面観音こそ仏像のなかでもっとも美しいものと思ってはいたが、室生寺、聖林寺、そして、渡岸寺(寺名は正確には向源寺)と、このところ十一面観音との出会いが多い。

 琵琶湖の竹生島で弁財天と竜神信仰の跡を見てから長浜に戻り、近江八幡へと列車で移動する。近江八幡は近江の太郎坊宮(『日本の聖地ベスト100』第55位)の近くだし、幾度も駅を通過しているのだが、こうして降りるのは初めてのことだった。以前から気がかりだったのは、京都の笠置寺とこの近江八幡の藤ヶ崎龍神。笠置寺についてはまた詳しく書くつもりでいるからいいのだが、藤ヶ崎龍神についてはなんとも形容しがたいものがあって、今後もどう書いていいのか見当もつかない。地元のタクシー運転手も知らないくらいだから、ほとんど記録など残されていないのかもしれないが、サーフィンの人気地にひっそりとたたずむ洞窟はかつて修験の行者たちがこもって祈りをささげた場所であったにちがいない。海に面して鳥居が立っていて、その向こうには磐座が重なり合っている。さらにその向こうには琵琶湖が一面に広がっている。右には長命寺の岬が見える。サーファーたちがいるのも別に悪くない光景だ。むしろ、こういうところが聖地のなかでもぼくの好みの場所なのかもしれない。

03 放浪の日々

藤ヶ崎龍神(撮影:編集部)
藤ヶ崎龍神(撮影:編集部)

 そんなわけで、わずか2週間前に琵琶湖をめぐっていたのに、いまもまた東京を離れ京都に来ている。母が7月、父が8月に亡くなっているので、そろそろお墓参りの季節が近づいている(両親は京都の東大谷に眠っている)。毎年この季節はこのあたりにいることが多い。それにしても、いまやTwitterもFacebookもSkypeもやっているので、こうして年がら年中旅をしていてもそれほど仕事に差し障りはない。本当に便利な世の中になったものである。

 しかし、つい10年くらい前までは、こうしているだけで立派な放浪者(ノマド)であって、白い目で見られることはあっても、けっして誉められることはなかった。いまでは移動しながら仕事をする人間もずいぶん増えたのではないか。本当の放浪者とそうした人々との区別がつかなくなっている。ビジネスマンと放浪者、これまでは両極端だと思われていたのだが、ほぼ似た人生を送るようになっている。違うのは服装だけ。愉快といえば愉快なことだ。

 よく考えてみると、90年代にPCが一般に普及するまでは、だれもがオフィスにしがみついて仕事していたのである。いまではだれもそんなことを望む人はいないだろうが、当時の人々の夢は「在宅勤務」だった! さらに80年代はもっとプリミティブで、ぼくは原稿に追われ、個人でコピー機とFaxをリースしていたのだが、それだけで毎月10万弱のリース料を支払わされたのだった。当時、栗本慎一郎さんに愚痴を言ったら、「ぼくはもっと前からそれをやっていて、当時、リース料は月100万だったよ」と言われ、上には上があるものだと納得させられたのだった。

 80年代になって急速に普及するまで、コピー機とFaxはなかなか個人の手に入るものではなかった。それでもリースした当初は、それ以前と比べるとずいぶん便利になったと実感したものだった。なにしろそれまでだったら、京都駅にある日通航空のオフィスまでタクシーで原稿を届けなければならなかったからである。もちろん、締め切り3日前くらいに書き上げておけばそんなことをする必要もなかったのだが、どうしても仕上がらないと航空便の世話になるしかなかったのである。当時は京都に住んでいたので日通航空だったが、東京の場合はどうだったのだろうか?

 さて、来週はどのあたりをまわっているのだろうか。日曜には「宝塚記念」があるので、その日も東京を離れて阪神競馬場にいることは間違いないのだが、それ以降は当のぼくにもまったく見当がつかない。夏から秋にかけては海外に出ることになっているが、いまさらながら、こうした毎日を40年以上も送れていることがまさに奇跡としか言いようがないことのように思えてくるのだった。

【お知らせ】

日本の聖地ベスト100』(集英社新書)については新聞・週刊誌などの書評をたくさんいただきましたが、今週、『週刊現代』で作家の山川健一さんとのグラビア対談、『週刊新潮』の取材(詳しい内容は未定ですが)、P・バラカン氏のラジオ番組(東京FM)があり、さらに翌週以降には作曲家の久石譲さんの番組(ニッポン放送)があって、7月上旬には精神科医の名越康文さんとの公開対談(朝日カルチャーセンター)があります。

 


○植島 啓司(うえしま けいじ)

1947年東京生まれ。宗教人類学者。1972年東京大学卒業。東京大学大学院人文科学研究科博士課程修了後、シカゴ大学大学院に留学、ミルチャ・エリアーデらのもとで研究する。関西大学教授、NYのニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ客員教授、人間総合科学大学教授を歴任。1970年代から現在まで、世界各地で宗教人類学調査を続けている。『聖地の想像力』『「頭がよい」って何だろう』 『偶然のチカラ』『賭ける魂』他。

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