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 画一化した社会は死滅する。いまの日本は坂道を転がり落ちてる感じ。21世紀へのふくらんだ夢もあっというまに萎みつつある。現在、誰もがなんとかこれまでとは違った生き方を見つけようとしているが、では、価値の多様化はいかにして可能なのか。世界には日本より貧しい国は無数にある。いまや日本の国際的信用度はイタリア並みというが、彼らは、もはや破産寸前といわれた時期でも、深夜までカフェで語り合ったり、踊ったり、小さな賭けをしたりで、なんとも楽しそうだった。その違いはいったいどこにあるのだろうか。

第72回・温泉主義

01 『快感のプラクティス』

 

 かれこれ20年ほど前にイラストレーターの南伸坊さんと『快感のプラクシス』(平凡社、1987年)という対談本を出したことがある。なんでも気が合う南さんとだったからとても楽しい対談になったのだが、なんと「何を快感とするか」という根本的な問題提起で珍しく「対立」してしまったのだった。まずぼくが快感を「激しい興奮やエクスタシー」を伴うものと、「おいしいものを食べる」とか「温泉にしみじみと入る」ようなまったりとした喜びとに分けたのがその発端だった。後に、南伸坊さんも『ユリイカ』特集「温泉主義」(1994年)で当時のことを振り返ってくれているのだが、たしかにどちらも甲乙つけがたい喜びだということでよかったのに、わざわざ論点をわかりやすくするためにぼくが余計な議論を持ち込んでしまったのだった。

 かつては温泉に出かけても風呂には10分くらいしか入らず、ずっと部屋でマージャンやったり酒飲んで笑いあったりして過ごしたものだった。しかし、10年ほど前から温泉に入るとからだが温まるだけではなく、心の奥底から力が湧いてくるように感じられるようになった。ずっと海外にいて思ったのだが、日本人の長寿の理由も温泉や入浴の習慣以外には考えられないし、全身をお湯のなかに沈み込ませるというのは宗教でいう「よみがえり」の行ともつながるのではないか、と思うようになったのである。

 それから10年。現在のぼくの興味はさらに一歩進んで、「温泉」プラス「SEX」イコール「混浴」というところにたどりついたのだった。ただし、「SEX」といっても単なる性別のことで、なにか温泉で悪いことをするというわけではない。温泉だけよりそこに女の子がいたほうがおもしろいんじゃないかという発想で、ここですでに南さん的な喜びから逸脱しているわけだが、女の子と一緒にまったりした気分を共有できるのがうれしいといった感じのものである。

 女性もなかなか大変かもしれないが、男性も混浴の作法はなかなかむずかしい。女性を直視しないのはもちろん、こちらもさりげなくからだを隠さなければならない。最初は、大学時代の教え子の女の子3人と伊勢で混浴に入ったのがきっかけだったが、彼女らに「先生もタオルをとって」と言われ、断固できないと拒否するはめになった(第38回「人はなぜ酒を飲むのか」参照)。これでは攻守逆転なのだが、さすがに教え子に見られるのははずかしい。

 というわけで、いまや行きたいという女の子はけっして少なくないようで、ちょっと話しただけでみんな好奇心いっぱいになる。彼女らも温泉に入る際にはタオルを巻くが、湯船にまでタオルを持ち込むことはしない。もちろん、全裸。だいたい夜にしか入らないので見られたってかまわない。そんな彼女らを連れてこれまで多くの温泉を訪ねてきたわけだが、それはそれでとても興味深い発見がたくさんあったのだった。

02 真賀温泉

 

 なかでもかなり印象にのこる混浴体験のひとつに、かなり前のことだが、真賀温泉の立ち寄り湯がある。島根の松江での調査を終えて、たまたま一緒に調査していた23歳の女の子と米子自動車道から中国自動車道に入り、一路大阪を目指そうとしていたときのことである。ちょうど15時を回ったくらいでまだ時間は十分にあった。それで、せっかくだからどこか温泉に寄って一風呂浴びてから帰ろうということになった。すでに湯原温泉を過ぎたあたりで、このままだと落合ジャンクションから中国自動車道に乗り、もはや大阪まで何もないことがわかっている。

 それで、ぼくらはあわてて久世インターで降りて、近くの人に聞いたところ、真賀温泉の立ち寄り湯はよく撮影にも使われる由緒ある温泉だと言われ、すぐにそちらに直行することにしたのである。久世インターから20分くらい走ると「真賀温泉郷」の看板が出てくる。ぼくらはそこで車を止めて、崖の階段を少し上ったところにある立ち寄り湯に向かったのだった。そこはもっとさびれたところかと思ったら、意外と人の出入りが多いのでびっくり。女性客らが次々と入っていくのが見える。ぼくらは入り口で、幕湯250円というのを選び、みんなが下る階段を降りようとすると、どうもそちらは幕湯とは違うようで、同じ1階の奥ののれんがかかった入り口を教えられたのだった。そして、そこだけ混浴だったのである。たしかに男湯150円女湯150円という看板は見たけれど、せっかくだからもっとも由緒ある(他にはない湯だと書かれていた)幕湯がいいだろうと思ったのだが、どんなお風呂か全然わかっていなかった。2人でのれんをくぐると、狭い脱衣場があって、すぐ先の湯船には男性5,6人の姿がぼんやりと見えている。浴槽は広くなくて彼らだけですでに満員という状態だった。さすがに彼女もたじろいだ。

 しかし、せっかくの機会だし、ぼくは入るけれど、きみは女湯にしたほうがよさそうだねと言うと、彼女もうなずきつつ迷っている様子。ここまで来て幕湯に入らないのでは意味がない。しかも、脱衣場には赤ちゃんを抱く母親の姿もあったので、とにかくこの幕湯に「ちょっとだけ入ってみます」ということになった。幸いなことに内部はやや暗くてそうはっきりとは見えなさそうだった。まず、ぼくが狭い脱衣場に入り、彼女がのれんを押し分けて顔をのぞかせると、内部の雰囲気が心なしか変わったような気がした。

 脱衣場に入ろうとすると、彼女はややためらって、「先生、先に入ってください」と言う。それならばと先にのれんをくぐって脱衣場に入り、そこで裸になり一足先に湯船に向かったのだった。そこにはほとんど洗い場らしきところはなく、5m×6mくらいの狭い湯船は先客たちでいっぱいだった。奥のちょっと高くなった岩に年配の老人が2人、入り口近くに30代の男性2人、それに赤ちゃんを連れた若い男が入っていて、ぼくが入るとかなりいっぱいの状況だった。先ほど入り口から見て母親と思ったのは長髪の若い父親なのだった。しかし、愕然としたのは、そこに入ってから脱衣場を見たときのことである。向こう側からは奥が暗くてよく見えなかったのだが、こちらからは脱衣場は丸見えの状態だったのである。ぼくらが入るのを逡巡していたのもみんな見られていたのだった。

 ちょうどそこに彼女が脱衣場に入ってきた。一瞬ためらったのだが、いまさらあわてるのもおかしい。この状況をなんとか彼女に伝えたいと思ったが、どうしようもない。しかし、洗い場もなく湯船だけなので、当然のことながらみんなの視線は脱衣場に向けられている。まさかというような若い女の子がひとりで入ってきたのだから、さすがにややとまどった空気が流れている。何も知らない彼女はそこでゆっくりと洋服を脱ぎ始めた。逆光で黒いシルエットに近かったが、みんなの目からすると、それはまるでぎこちない素人のストリップのように見えたにちがいない。彼女はゆっくりブラウスを脱ぐと、ブラをはずし、脱衣かごの中に入れた。ていねいなしぐさだった。それから、スカートを脱いで、きれいにたたんでから、パンツを脱いだ。逆光なのがせめてもの幸いだった。

 彼女が小さいタオルを胸にあてて入ってきたときには、みんな何も言わなかった。彼女は小さな声で「すいません」と言って、洗い場の水を膝にかけようとしたが、それを見ていた地元の男性が、「それは水だから、こちらの湯船のお湯を使ったほうがいいですよ」と声をかけた。彼女が横を向いてお湯をかけるしぐさをすると、腋の下から予想よりもはるかに大きい乳房が見え隠れした。

 お湯はたしかに最高だった。その感じはどこか熊野の湯の峯温泉の「つぼ湯」と似たところもあって、肌がすべすべになりそうな感じだった。ぼくらは狭い湯船の入り口の低い岩に腰をかけて入ったのだが、そうしているとたちまち極楽気分になった。タオルを岩場において、ぼくはそこですっかりくつろいでいたが、彼女はさすがにやや緊張しているようだった。しばらくすると、さっき声をかけてくれた地元の男性が、こちらに寄りかかったほうが楽だから代ってあげましょうと言う。湯船の中で肌を触れあうようにして場所を交代する。一歩入っただけでそこはかなり深かった。岩に身を寄せて立っている感じになる。それはそれでいいのだが、彼女のほうはどういう姿勢でいればいいのかとまどっている。そんなにはっきり見えるわけではないが、みんなの前でさりげなく全裸で立っているというのは意外とむずかしいものである。

「もっと女性も入っているのかと思ったんだけど」とぼくが言うと、「いや、女の方もよく入ってますよ」という返事。だが、あれほどたくさん女性の声がしたのに、ここにだれもいないということは、おそらくみんな女湯に入っているにちがいない。ここは混浴でいったら難易度が高すぎる。かなり年配の女性か親子連れならともかく、普通の若い女性にはちょっとムリだろう。

 それからほぼ30分以上そうしていただろうか。外から入ろうとする客も2、3あったが、湯船がいっぱいなのを見て、みんなあきらめて帰っていった。赤ちゃんを連れた若い男が出たのと交代するかのようにおとなしい男性が一人加わっただけだった。そろそろ出ようかと思い始めたのだが、もっともむずかしいのは出るタイミング。出るときに彼女は背後からすべて丸見えになってしまう。先に出てバスタオルをもってきてあげようかと彼女にだけ聞こえるようにささやくと、いえ、だいじょうぶだと思います、という返事。しかし、彼女が出るところを見ようというのではないだろうが、だれも出ようとしないし、その気配さえ見せない。

 みんなはぼくらよりも前から入っていたわけだから、もうかれこれ1時間にもなるのではないか。まるでがまん比べのようだ。ぼくらは先を急いでいることもあって意を決して出ることにした。まず、彼女が出たのだが、その姿は毅然としていて美しかった。こういうときの女の子はあわてないほうがいい。ぼくも地元の男性らにあいさつして浴槽を離れた。ぼくらが脱衣室で服を着替えているときにガラス戸を開けて入ろうとした男性もいたけれど、彼女の着替える姿を見て逡巡し、あわてて戸を閉めて出ていってしまった(ぼくらにはもうそんなことはどうでもよくなっていた)。ぼくが浴室側で着替え、彼女は下着をバッグの中に入れて、さっとスカートとブラウスだけ身につけた。

 真賀温泉の立ち寄り湯を出てから、ぼくらはやや興奮状態だったかもしれない。「ちょっとすごい経験だったね」とぼくが言うと、「ええ、こわかったです、どうしていいのかわからなかったし」と彼女は答えたが、なんだかすごい冒険をやり遂げたあとの満足そうな感じも伝わってきた。ぼくらはそのまま一路大阪を目指したのだった。


    

03 渡辺京二『過ぎし日の面影』


 幕末の温泉事情については渡辺京二『逝きし世の面影』(葦書房、1998/平凡社ライブラリー、2005)に詳しいのだが、そのなかでも印象に残っているのは、ドイツ人のリュードルフの「混浴」についての記述。「日本のように男女両性が、これほど卑猥な方法で一緒に生活する国は世界中どこにもない」(以下、引用はすべて平凡社ライブラリー版による)。これなどまだいいほうで、キリスト教宣教師のウィリアムズはいかにもピューリタンらしく以下のように厳しく非難している。

 私が見聞した異教徒諸国の中では、この国が一番みだらかと思われた。体験したところから判断すると、慎みを知らないといっても過言ではない。婦人たちは胸を隠そうとはしないし、歩くたびに太腿まで覗かせる。男は男で、前をほんの半端なぼろで隠しただけで出歩き、その着装具合を別に気にもとめていない。裸体の姿は男女共に街頭に見られ、世間体なぞはおかまいなしに、等しく混浴の銭湯へ通っている。みだらな身ぶりとか、春画とか、猥談などは、庶民の下劣な行為や想念の表現としてここでは日常茶飯事であり、胸を悪くさせるほど度を過している。

 ここまで書かれると、自分の心にやましいものを持っているから他の社会ではそんなに特別ではない出来事がわいせつに見えるのではないか、と憎まれ口も利きたくなる。なにも自分の社会だけが世界基準だとは限らない。当時の西洋人らのだれも彼もが「日本人は世界でもっともみだらな人種のひとつだ」「日本人ほどみだらな国民はほかにはない」と口をそろえるが、本当にそう思っていたのだろうか。しかし、彼らにしてもアフリカや南太平洋の人々が裸でいるのはごく自然なことのようにとらえており、よりによって「慎み深く」「何事においても間違いのない」「きわめて洗練された文化を持つ」日本人だからこそびっくりしたのかもしれない。ぼくの経験からいっても、他のアジア、アフリカ諸国の人々の場合は、なぜかそんなに「みだらな」感じはしないようである。

 そんなこともあって日本を訪れた外国人はみな下世話な興味から先を争って混浴を覗きに来たにちがいない。どちらの心持ちが卑しいかはもうおわかりだろう。その点では、スエンソンのように、「私見では、慎みを欠いているという非難はむしろ、それら裸体の光景を避けるかわりにしげしげと見に通って行き、野卑な視線で眺めては、これはみだらだ、叱責すべきだと恥知らずにも非難している外国人のほうに向けられるべきであると思う」という意見は、当時としてはなかなか貴重なものだったように思われる。

 ぼくも南太平洋の島々を旅していたとき、しばしば女性らが全裸またはそれに近い格好で川でからだを洗っている姿を見たことがあった。さすがにさりげなく見過ごすというのはむずかしい。人間のからだほど興味深いものは他にないからだ。なるべく風景のひとつとして理解しようと試みたのだが、グローバリズムの影響かそんな習慣もいまやほとんど見られなくなってしまった。きわめて残念なことである。日本固有の文化というと、礼法、作法、武術、能、狂言、茶道、華道などいくつも例に挙げられるけれど、それらはどれも一部の人々のものでしかなかった。それにひきかえ混浴という風習は、いまや絶滅の危機に瀕しているのだが、日本人の本来の「おおらかさ」と「きれい好き」と「親しみやすさ」を表すもので、これ以上世界に誇れる文化は他にはないのではなかろうか。

 やはり幕末に来日したフォーチュンは「通りすぎた村のひとつで、家族の浴室らしいものを見た。そのとき浴槽は、あきらかに三、四世代にわたる老若男女でいっぱいで、みんな真っ裸だった」と報告している。それを読んだとき、あの真賀温泉での光景がまざまざと浮かび上がってきた。ただし、あの当時とは時代がちがっている。いまでは、むしろアカの他人だから一緒に入れるのであって、家族が一緒に入ることなんて想像できないにちがいない。

 そういうわけで、つい先日も熊野の川湯温泉に入ってきたのだが、ただ川を堰きとめただけの温泉は野趣があってすばらしかった。女の子たちとお酒を飲み、鍋をつつき、夜陰にまぎれて温泉に入り、そこに雪でもちらほら舞ってきたりしたら、これ以上の喜びは他に探しようがないだろう。民宿に泊まればわずか7000円くらいで、どこかの億万長者がリゾートの別荘で過ごすよりも、はるかに大きな喜びが得られるわけである。いまやぼくも「温泉主義」の虜(とりこ)なのである。

 


○植島 啓司(うえしま けいじ)

1947年東京生まれ。1972年、東京大学卒。東京大学人文科学研究科大学院(宗教学専 攻)博士課程修了。その後、シカゴ大学大学院に留学、M・エリアーデらのもとで研究 を続ける。1980〜2002年、関西大学専任講師・助教授・教授を歴任。1990〜91年、NY のニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ(人類学)客員教授。1974年より現在 まで、ネパール、タイ、インドネシア・バリ島、スペインなどで宗教人類学調査を続 けている。著書に『男が女になる病気』『分裂病者のダンスパーティ』『快楽は悪か』 『宗教学講義』『オデッサの誘惑』『聖地の想像力』『「頭がよい」って何だろう』 『偶然のチカラ』『賭ける魂』他。

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