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 画一化した社会は死滅する。いまの日本は坂道を転がり落ちてる感じ。21世紀へのふくらんだ夢もあっというまに萎みつつある。現在、誰もがなんとかこれまでとは違った生き方を見つけようとしているが、では、価値の多様化はいかにして可能なのか。世界には日本より貧しい国は無数にある。いまや日本の国際的信用度はイタリア並みというが、彼らは、もはや破産寸前といわれた時期でも、深夜までカフェで語り合ったり、踊ったり、小さな賭けをしたりで、なんとも楽しそうだった。その違いはいったいどこにあるのだろうか。

第71回・名古屋でエロスを語る

01 エンジン01文化戦略会議

 だいたいみんなで一緒に何かするというのが苦手なので、文化人の集まりみたいなものは敬遠してきた。それでも作曲家の三枝成彰さんの「エンジン01文化戦略会議」という集まりだけは設立当初からのメンバーとしていまだに続いている。考えてみれば、この連載第4回の「文化人ホストクラブ」も三枝さんの企画だった。そのオープンカレッジがこの11月に名古屋で開催された。3日間にわたって開かれる豪華なシンポジウムである。今回の名古屋会議のテーマは「人間動物園」。いつもならどこかにちょっとだけ参加して、その後は知り合いと酒でも飲んでいればよかったのだが、今回に限って「人類動物としてのエロス」というシンポジウムの組長(司会進行役)を頼まれてしまった。そうなると、やっぱり多少の準備はしなければならない。全シンポジウム90分500円という破格の値段設定、参加者のギャラはゼロだというのに、その顔ぶれはなかなかのものである。たぶん一番人気は矢内廣組長の「ベストセラーの綴り方教室サイン会付き」で、シンポジウムのメンバーは、秋元康、林真理子、茂木健一郎、山本一力、山本益博の各氏とそろっていたのだが、欠席した人もいたらしい。

 しかし、ぼくの「人類動物としてのエロス」も負けてはいない。メンバーは、猪瀬直樹(東京都副知事)、岩井志麻子(作家)、中園ミホ(脚本家)、船曳建夫(東大教授)と超豪華メンバー。しかし、問題なのは、このハコだけが「エロス」というか「エロ」を扱うというのに、副知事や東大教授という肩書きを持っているメンバーがいったいどこまでしゃべれるかということである。ぼくにしたって、いつも「エロス」のハコで一緒にされる岩井志麻子さんの口撃にうまく対応できるかどうか。たしか昨年は岩井志麻子+中瀬ゆかりの大攻勢に男性陣は守り一辺倒になってしまったのだった。そこでぼくはちょっと作戦を考えた。ここは比較的まじめな討議の場にしよう。どうしたって岩井さんは(本人いわく)「エロおばさん」丸出しで口撃してくるだろう。それをメインにしなければ議論もうまく進むし、岩井さんのエロ話もかえって引き立つのではないか。

 シンポジウム前夜に参加メンバーのパーティーがあった。そこでいきなり伊藤穣一さんに今年のノーベル平和賞を受賞したフィンランドのマルティ・アハティサーリ大統領のご子息夫妻を紹介されたり、船曳さん(東大の同期なのでいつもは呼びつけだ)に「教え子なんだよ」とフジテレビの佐々木恭子アナを紹介されたり、マラソンの有森裕子さんと一緒になったり、武者小路千家の千宗守家元と再会したりでいろいろと忙しかった。佐々木恭子アナとは、以前小倉智昭さんと一緒に「メトロポリタンジャーニー」というフジテレビの番組をやったことなどをなつかしく話し合った。大学の講義の関係でレギュラーなのにあまり出演できなかったのだけれど。

 しかし、その夜パーティーに参加したのはわずか一時間で、すぐに数人の仲間と朝まで飲みに出てしまったのだった。いつものことだが夜遅くならないとなかなか眼が覚めてこない。そして、酒を飲むのはやはり少人数に限るのだった。

02 人類動物としてのエロス

 

 いよいよシンポジウム当日。今回は珍しく他のハコも見てみようという気になったのだが、そこで初めてプログラム1時限目「偉人アーティスト動物園」、翌日の「何でも質問大会〜映像メディア編〜」に自分の名前が載っているのを発見したのだった。まあ、それはどうでもいい(いやよくない)。ぼくは人の話を聴くのは苦手だったのだが、やはり聴いてみると教えられることも多い。特におもし ろかったのは2時限目「恋愛動物園」のハコで、歴史学者の磯田道史さんの「ある日ギャラリーで会った女性に『この人を逃したら終わり』と思ってアタックをかけ、ようやく結婚にこぎつけた」という話。へえ、いきなりギャラリーで会って結婚するなんてすごいと感心していたら、同席していた元宝塚の大スター姿月あさとさんも、同じような経緯で結婚するに至ったというのだった。「香港に仕事で出かけたときに、なにかの手違いで迎えが来てなかったんですね、それで近くにいた日本人らしい人に声をかけたのがきっかけで、そのままその人とゴールインしたんです」。年をとればとるほど恋愛ってしにくくなると思っていたのだが、彼らの話を聞いているとそうでもないと改めて思い直したのだった。やはり先入観はいけない。

 さて、いよいよ最終4時限目の「人類動物としてのエロス」が始まる。よく考えてみると、猪瀬直樹、船曳建夫両氏はぼくよりも一つ下だがほぼ同年代で、いわゆる性革命の時代に青春を送った同士みたいなものだし、始まってしまえばなんとかなるような気がしてきたのだった。とりあえず一通りメンバーを紹介してから、ある20代の女性がぼくの講義に書いてきた質問を読み上げることからシンポジウムを始めることにした。

 わたしが好きだった人は、一緒にお風呂に入り、わたしの体を洗ってくれて、しかも一緒に寝たり抱きしめたりしてくれたのですが、セックスは一度もありませんでした。彼が言うには、セックスするよりもお風呂に入るほうがずっと自然だとのことでした。やはり男女では考え方に違いがあるのでしょうか?

 こういう話からスタートすると、予期したとおり、どうも最近の男の子は性的に淡白なのではないかという方向に議論が進むことになる。「それで岩井さんはアジア方面に進出を…」と話を振ると、「わたしは一人関東軍ですから…」といって、最近19歳年下の韓国人の彼と結婚して、いまは歌舞伎町に住んでいるという話になった。それから、「家もわたしが買ったし、テレビもわたしが買ったのに、チャンネル権は韓国」とか「うちの息子が熟女好きで口ぐせが『女は昭和!』」とかで、場内爆笑の渦。それにしても実物の岩井志麻子はかなりセクシーで魅力的だと気がついたのだった。

 まあ、それはともかく、どうして最近の男の子は女性に淡白になったのかという点についての議論は白熱した。クローンにしても、環境ホルモンにしても、そのメッセージは「男なしでもOK」ということで、男はどうしたって元気になれないとぼくが発言すると、船曳さんから「それは人間本来のかたちに戻るということを意味するのではないか」という意見も出た。そもそも人間など動物のオスは胎児の段階でみんなメスなのだが、母胎内での成長の過程で「オス」の特徴が現れてくる。そこまで不自然な存在がなぜ進化の過程で消えなかったのかは生命の不思議としか言いようがない。

 しかし、人類の女性化現象はどんどん進む一方で、それがけっして好ましくないことだけはだれにでもわかる。そういえば最近、精子なしで二つの卵子からマウスの胎児を誕生させることに東京農大の教授らが成功したニュースも流れたし、ドリー(クローン羊)の誕生にしても、オス不要を確認させる試みで、いつどこでクローン人間が生まれないとも限らないのである(ところで、クローン羊ドリーだが、なぜその名前になったかというと、移植する細胞を羊の乳腺細胞からとったことから巨乳で有名な女優ドリー・バートンの名をつけたということらしい。こういうユーモアのセンスは悪くない)。

 では、どうしたらそうした女性化現象にストップをかけられるのだろうか。逆にいうと、どうしたら男性性の復権はなるのか。よく考えてみよう。もともと一夫一婦制(モノガミー)とは、オックスフォード英語辞典によれば「一時に一人の人と結婚する状態、制度、あるいは慣習」と説明されていて、そこには「貞節」という含意はない。もっとも貞節な夫婦とされる鳥類(90%がつがいをつくる)にしても、たとえばハゴロモガラスのメスの巣にいるヒナの血液検査をしたら、ほぼ半数がオスの子ではなかったことがわかっている。そうやってヘレン・フィッシャー女史などを引用しつつ、不倫(「フリンは文化だ」)も離婚・再婚を繰り返すのも生物学的には自然なことなのではないかと挑発的なことを言ったのだが、やはり親友とはいいもので船曳さんがうまくフォローしてくれたし、しかも猪瀬さんもちょっとあぶない皇室ネタでつっこんでくれたので、なかなかの盛り上がりを見せてくれたのだった。

 同じくもうひとつ別の20代の女性からの質問をここに挙げておこう。

 現在つきあっているカレは、だれと自由にセックスしてもいいと言います。魂は肉体に支配されることがないからという理由です。それで、ためしに高校のときの男友達とつきあおうとメル友になり、こちらから積極的に出ましたが、(ノリが軽いはずの)男友達のほうがわたしのアピールにおじけづきました。うまくいくと思ったのに、なぜ引いたんでしょうか?

 このカレのセリフ「魂は肉体に支配されることがないから」というのはなかなかおもしろい。どんなカレだか知りたくもなる。しかし、それにしてもここでも怖気づく男友達の登場だ。女性を知らないのでなんともいえないが、どうしてこれをチャンスと思わないのか不思議で仕方がない。この場合、どう考えても問題があるのは彼女のほうではなく男友達のほうではなかろうか。いくら議論を進めていっても女性の元気さだけがクローズアップされていく。

 岩井さんが「75歳以上の男女六人を集めてAVを制作した現場の話として、いちばんもてたのはふつうのおばあさんで、髪の毛を染めてばっちりお化粧したおばあさんはどうも敬遠されがちだった」と話したら、中園ミホさんも、「そういえばドラマの現場でも人気があるのは主役の女優さんじゃなくて、その背後にちょっとだけ顔を出す三、四番手の女優さんたち」だとフォローする。

 そんな調子で無事にシンポジウムも終了し、仲良しの建築家・竹山聖さん、同じ宗教学者の中沢新一さん(こちらも東大で一緒だったのでいつもは呼びつけだ)、スポーツライターの玉木正之さんらとも久しぶりに歓談して過ごした。さすがにあまり眠らないで過ごしたのでそろそろ疲れはピークだったのだけど、一年に一度しか会えないというのもなかなか悪くないものだとつくづく思ったのだった。

    

03 名古屋の夜


 さて、シンポジウムの終わった夜は「夜楽」といって地元の人々と飲む会が設定されているのだが、そこに飛び入りで参加してきたのが、なんと万能細胞(iPS細胞)でいまや「時の人」である山中伸弥さん。理化学研究所の西川伸一さんが引っぱりだしたらしい。山中さんに言わせると「アメリカから帰国して不遇のときに西川さんが研究費などの面倒を見てくれた」とのことだったが、西川さんに聞いてみると、彼らしく「ふふっ、全然世話なんかしてませんよ」と笑うだけなのだった。山中さんとはエチオピアで発見された350万年前の人類化石ルーシーの話などをしたのだが、偶然にも、この日はクローン羊ドリーで始まり、万能細胞からエチオピアのルーシーで終わる、というなかなか首尾一貫したテーマのある一日になったのだった。

 それから深夜にかけては、アートディレクター長友啓典さんと一緒に建築家の松岡恭子さんら女性三人を誘って、名古屋で知る人ぞ知るといわれるバー「ルパン」ですばらしい夜を過ごすことになった。そこで何を話したかはあまりよく憶えていないのだが、パーティーの喧騒から離れて、だれも多くを語らず、それでいて十分に心なごむ一夜になったのだった。

 

 


○植島 啓司(うえしま けいじ)

1947年東京生まれ。1972年、東京大学卒。東京大学人文科学研究科大学院(宗教学専 攻)博士課程修了。その後、シカゴ大学大学院に留学、M・エリアーデらのもとで研究 を続ける。1980〜2002年、関西大学専任講師・助教授・教授を歴任。1990〜91年、NY のニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ(人類学)客員教授。1974年より現在 まで、ネパール、タイ、インドネシア・バリ島、スペインなどで宗教人類学調査を続 けている。著書に『男が女になる病気』『分裂病者のダンスパーティ』『快楽は悪か』 『宗教学講義』『オデッサの誘惑』『聖地の想像力』『「頭がよい」って何だろう』 『偶然のチカラ』『賭ける魂』他。

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