集英社新書
集英社新書WEBコラム

 画一化した社会は死滅する。いまの日本は坂道を転がり落ちてる感じ。21世紀へのふくらんだ夢もあっというまに萎みつつある。現在、誰もがなんとかこれまでとは違った生き方を見つけようとしているが、では、価値の多様化はいかにして可能なのか。世界には日本より貧しい国は無数にある。いまや日本の国際的信用度はイタリア並みというが、彼らは、もはや破産寸前といわれた時期でも、深夜までカフェで語り合ったり、踊ったり、小さな賭けをしたりで、なんとも楽しそうだった。その違いはいったいどこにあるのだろうか。

第70回・阪神沈没

01 勝負のアヤ

 だいたいどんな勝負でも長くやればイーブンで終わるものなのに、たいてい大差がついて勝ち組・負け組と分かれるのには理由がある。局面次第でプレイヤーの感情が大きく揺らぐからである。自信を持って事にあたれば勝つことも負けることもあるが、自信を失えば必ず100%負けるのが勝負というもの。ちょっとしたミスが心に残ると次の局面ではフリーハンドで賭けることができなくなってしまう。逆に言うと、相手になんらかのバイアスをかけることで自由な思考を奪ってしまうのが勝負というものなのである。

 このことは将棋やマージャンなどの対人ゲームのみならず、スポーツや競馬でも大きな意味を持ってくる。今年のプロ野球はまだ日本シリーズを残しているが、優勝間違いなしといわれた阪神タイガースがゴール直前で巨人に追いつかれるという散々な1年だった。ペナントレース終了後、阪神の岡田監督は辞意を表明し、すでに真弓監督にバトンタッチしたわけだが、なぜ阪神が最後に沈没したかを、それを決定づけた1試合を振り返りながら、ここでもう一度検証してみよう。

 勝負においては、けっしてしてはいけないこともあるし、絶対にしなければならないこともある、ということをよく心にとめておきたい。

02 神宮球場

 

 この夏はエチオピアで過ごしたのだけれど、出発する前はどこから見ても阪神の楽勝ムードだった。わが阪神タイガースは2位巨人を13ゲームも離して独走状態にあった。だれも阪神の優勝を疑うものはいなかった。ところが、8月以来、巨人が連戦連勝を続け、9月に帰国してみるとなんと2ゲーム差に迫ってきており、あっというまに阪神は射程距離内につかまえられていたのである。事態は深刻で、阪神優勝の空気はすっかり吹き飛んでしまっていた。ただ、残り7、8試合となって、わずか0・5ゲーム差でも阪神は首位を保っており、なんとか逃げ切れるかもしれないという楽観論も出ていた。いずれにせよ、その命運は10月3日から始まる神宮球場における対ヤクルト4連戦の帰趨にかけられたのである。ここで4連勝すればほぼ優勝まちがいなし。というわけで、10月3日夜、おっとりがたなで神宮球場に駆けつけたのだった。

 そして、それは今シーズンのすべてが決まるという歴史的な一戦となったのである。

 大阪のアマゾネス軍団「ユンブル」(編集プロダクション)の総帥・朝日奈ゆか嬢、扶桑社の編集長氏らと合流して3塁側内野席に着いたのは17時ジャスト。試合開始は18時だが、なかなか席が取れなかったわりにはまだまだ空席が目立つ。これが東京の野球ファン気質であって、彼らは練習風景などにはあまり興味を示さない、そして、大量リードとなれば(勝っていても負けていても)3分の1はそそくさと帰ってしまう。これが大阪となるとそうはいかない。たとえ0対10で負けていても、最後まで逆転を信じて応援するのである。

 巨人ファンの親子の対話。
 息子「パパぁ、もう帰ろうよ。この試合、勝つに決まってるからさ」(東京弁で)
 パパ「そうだね。でも大きな声で言っちゃあだめだよ。阪神ファンに聞こえるとこわいからね」

 勝っても帰るのが巨人ファンだとすると、負けても帰らないのが阪神ファンだ。

 いや、それにしても、どうしてそんなに意気込んで神宮まで出かけたかというと、実はもうひとつ別の理由があったのである。朝日奈嬢はいまは東京に進出して文京区に事務所をかまえているが、大阪女学院出の生粋の「大阪で生れた女」で、10月1日に『阪神タイガースファン名言珍言集』(猛虎魂会著、中経出版)という阪神ファンのヤジ、川柳、遺言などを集めた本を出したばかりだったのである(先ほどの巨人ファンの声もそこからの引用)。ぼくもそこに「顧問」として名を連ねているのだが、こういう本は阪神が優勝するかしないかで売れ行きに大きな差が出てくる。それこそユンブルの存亡を賭けた一戦だったのである。

 神宮球場を埋める大観衆の8割は阪神ファンで、すでに1時間前からいまかいまかと試合開始を待っている。その時点でぼくはビールを何杯か飲んで酔っぱらっていた。しかし、両チームのラインナップがスコアボードに発表されてびっくり。ヤクルトのラインナップに知っている選手がほとんどいないのだ。とりあえず、両チームの先発メンバーを紹介しよう。あなたはヤクルトの選手のうち何人知っているでしょう?


     
           阪神      ヤクルト

          8赤星      8青木
          9平野      6川島(慶)
          3新井      9福地
          7金本      5畠山
          5今岡      7飯原
          6鳥谷      3武内
          4関本      4田中
          2矢野      2川本
          1安藤      1ゴンザレス

 

 ぼくも長いことプロ野球を見てきたが、これほど貧弱な打線(もちろんヤクルト)は見たことがない。1番の青木はイチロー後もっとも期待される3割バッターであり、特に要注意な存在だが、あとは飯原、福地がまあまあ名前を知られているぐらいで、ほとんど他球団だったら試合に出られるかどうかという顔ぶれである。やはり、セリーグ屈指の大打者ラミレスが抜けたあとは大きい。グライシンガーや岩村もいなくなって、いまや2軍戦みたいなメンバー構成となっている。

 まあ、よそのことは言えない。1995年から2002年にかけての阪神もまるで2軍みたいなラインナップで、結果も66566664という順位だったのである。なんと4年連続最下位という目も当てられない日々だってあったのだ。2002年、星野監督でようやく4位となって大喜びしたのが昨日のように思い出される(ヤクルトがんばれ)。

 常識的に見て負ける要素はまったくなかった。阪神の先発・安藤は今年いちばんの出来で6回までわずか3安打無得点。まったく相手に攻める隙を与えなかったし、本人も2打数2安打とノリにノッていた。さらに、クリーンナップの新井、金本も2打数2安打で、6回終了時点で5-0とヤクルトを圧倒していたのである。5回の裏には平野の超ファインプレー(ダイビングキャッチ)まで飛び出して、阪神ファンは大騒ぎ、まわりのヤクルトファンはすでに投げやりの様子だった。

 ところが、なにを血迷ったか、岡田監督は、7回から絶好調の安藤に代えてピッチャー久保田を指名する。「勝っているときは動いてはいけない」というのは勝負の鉄則だ。案の定、久保田はいきなり連続3安打をうたれてウィリアムスに交代、そのウィリアムスも連打されて、あっというまに5-4と接戦に持ち込まれてしまったのだった。さらに、8回表、超ファインプレーで喝采を浴び気をよくしている平野に、代打・桧山。「ツイている人間に賭けろ」というのも勝負の鉄則なのだが、このところ代打で失敗している桧山を何のためらいもなく出して、あえなく三振、チェンジ。岡田の教条主義(右ピッチャーには左バッターとかワンパターン)ここに極まれりだ。

 こうなると気分からして劣勢になってくる。浮き足立ってアッチソンを出して打たれ、頼みの藤川を出して、暴投、さらには逆転を喫するという始末。実は、アッチソンは8連投、藤川は7連投なのだった。5-0をひっくり返されて5-7の逆転負け。球場を埋め尽くした阪神ファンは怒りのぶつけようもなく疲労困憊といった様子で肩を落として出口に向かったのだった。

 なんという勝負の機微をわきまえない試合だっただろう。

03 監督はむずかしい

 そもそもここ数年、ぼくは岡田監督だけはどうしても支持できなかった。岡田監督は依怙地(いこじ)で他人の意見を聞かない傾向があると聞いてはいた。たしかに監督は孤独で、外野からあれこれ言うのは的外れかもしれないが、まさかこんな試合をやった後で、いつものように「選手がアカン、オレは悪くない」とは言わないだろうと思っていたら、翌日の新聞に次のような談話が出ていた。

 記者の「まさかの負け?」に、
「そりゃ、まさかよ。(6回まで)5点で、後の投手を見たらなあ。リリーフがああいう形のゲームになると、痛いのは痛い」。まるで他人事のようなやりとりだ。
 さらに、「7回に久保田を投入。不運なヒットも・・・」と聞かれると、
「ここまで来たら、(クリーンヒットも)詰まったヒットも一緒よ。逆の立場なら、ラッキーやんか」

 すでに辞任した監督の悪口を言っても仕方がないのだが、この4年間ずっとこんな調子のインタビューを続けられたら、こちらのタイガース愛もさすがにしぼんでくる。ぼくがいちばん苦手な中日の落合監督もよく似た対応をするのだが、それでも投手交代のときなど自分からわざわざマウンドに行って納得させるという小技をつかったりもする。岡田監督はまったく動かず、ベンチでただ首振り人形のように首をひねってばかり。もうちょっと選手に対して細やかな心配りがあってもよかったのではないか。

 だいたい勝負というのはきわめてデリケートなもので、「クリーンヒットも詰まったヒットも一緒よ」というわけにはいかない。「クリーンヒット」ならば諦めもつく。「詰まったヒット」だからかえってツキが逃げ出しているのがわかるのだ。さらに、阪神は残り7試合しかないところで、とにかく1戦1勝という戦い方をすべきなのに、わずか80球ほどで余裕綽々の安藤を(次の巨人戦にそなえて!)代えるなど、とんでもない暴挙ではないか。時代が違うのを承知の上で書くのだが、かつての西鉄ライオンズの三原監督や南海ホークスの鶴岡監督はエースの稲尾や杉浦をほぼ全試合投げさせている。短期決戦を勝つためにはエースに対する絶対的信頼がなければならない。ここで勝利投手の権利まで失った安藤は果たして立ち直れるだろうか。

 短期決戦ほど監督の器量が問われるものである。成績は度外視していうと、ぼくは監督の器としてはブラウン監督(広島)や大矢監督(横浜)のほうが、落合、岡田よりも大きいと思う。巨人の原監督も(好きキライは別として)なかなかいい監督になりつつあるのではないか。

 とにかく、試合が終わるやいなや、座席でぐったりしている朝日奈嬢らに別れを告げ、ぼくは球場を後にして急いで恵比寿に向かったのだった。もう阪神は終わりだ、野球はこれで見納めだ、とつぶやきながら。

04 恵比寿で深夜まで

 

 夜の10時過ぎに恵比寿に着くと武術研究家の甲野善紀さんが待っていてくれた。もはや疲労も極限に近かったのだが、不思議に甲野さんといるとまたふつふつと力がわいてくるのがわかる。ぼくの狭い家の中で、いきなり真剣を抜いて新しい技を見せてくれたり、なぜそれにいままで気づかなかったのかと説明してくれたりした。なかなか贅沢な夜だった。一般には甲野さんの身のこなし、技、動きに注目されることが多いのだが、その魅力は尽きることのない好奇心で、ご自身の実際の体験談などを聞いていると、それだけで心が豊かになってくる。それから深夜まで話は尽きなかったのだが、そのうちに阪神の致命的敗戦で打ちのめされた自分が別人のように思えてくるのだった。

 甲野さんの用件は、11月に新しく出る『甲野善紀(武術研究家)VS名越康文(精神科医)対談集』(タイトル未定)の帯に推薦文を書いてほしいとのことだった。もうひとりの推薦者はスザンヌだとのこと(笑)。さっそくゲラを翌日の新幹線の荷物の中に詰め込もうとしたのだが、そのときに甲野さんが引用した一節が目に飛び込んできた。「世になくてはならぬ人になるか、世にあってはならぬ人になれ」。

 その言葉を胸に、翌日は江坂(大阪)のハプニング・バーに出撃しようと心に決めたのだった。

 

 


○植島 啓司(うえしま けいじ)

1947年東京生まれ。1972年、東京大学卒。東京大学人文科学研究科大学院(宗教学専 攻)博士課程修了。その後、シカゴ大学大学院に留学、M・エリアーデらのもとで研究 を続ける。1980〜2002年、関西大学専任講師・助教授・教授を歴任。1990〜91年、NY のニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ(人類学)客員教授。1974年より現在 まで、ネパール、タイ、インドネシア・バリ島、スペインなどで宗教人類学調査を続 けている。著書に『男が女になる病気』『分裂病者のダンスパーティ』『快楽は悪か』 『宗教学講義』『オデッサの誘惑』『聖地の想像力』『「頭がよい」って何だろう』 『偶然のチカラ』『賭ける魂』他。

絶賛発売中!
聖地の想像力 -なぜ人は聖地をめざすのか
「頭がよい」って何だろう
  ―名作パズル、ひらめきクイズで探る


集英社新書 >WEBコラム>愛・賭け・遊び

本ホームページに掲載の記事・写真の無断転載を禁じます。
すべての内容は日本の著作権法並びに国際条約により保護されています。
(c)SHUEISHA Inc. All rights reserved.