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 画一化した社会は死滅する。いまの日本は坂道を転がり落ちてる感じ。21世紀へのふくらんだ夢もあっというまに萎みつつある。現在、誰もがなんとかこれまでとは違った生き方を見つけようとしているが、では、価値の多様化はいかにして可能なのか。世界には日本より貧しい国は無数にある。いまや日本の国際的信用度はイタリア並みというが、彼らは、もはや破産寸前といわれた時期でも、深夜までカフェで語り合ったり、踊ったり、小さな賭けをしたりで、なんとも楽しそうだった。その違いはいったいどこにあるのだろうか。

第66回・芥川龍之介「藪の中」を読む(後編)

01 みんなが嘘をついている

 山科の藪の中で、夫婦が盗人(多襄丸)に襲われ、縛られた夫の前で妻はレイプされる。残るは夫の死骸のみ。後にそれぞれの陳述が明らかにされる。それも、多襄丸は検非違使の取調べの前で、妻は清水寺での懺悔というかたちで、そして、夫の場合は、殺された夫の死霊が巫女の口を借りて語るというやり方で、それぞれの言い分が明らかになっていく。

 ところが、各自の言い分はそれぞれまったく矛盾するどころか、普通ならば自分がやったことではありませんと弁解するところを、それぞれが夫の武弘の死は自分がやったものであると(殺された夫の場合は自害であると)自白しているのである。果たしてだれが本当のことを言っているのだろうか。そして、だれが嘘をついているのだろうか。前回は、まず、全体の見取り図のかわりに、次のような問題提示を行った。

01だれか一人だけが真実を語っている。
02だれにも心理的な真実がある。矛盾を矛盾として受けとめるのが人生だ。
03みんなが嘘をついている。  

 そして、これまでうまく理解されてこなかったのは、「だれが本当のことを言っているのか」「だれが嘘をついているのか」という点にばかりとらわれて、肝心な点が抜け落ちてきたからではないかと思うのである。そう、この小説の中では「みんなが嘘をついている」という点がやや見過ごされてきたのではないかというのである。だれもが、自分が自分に嘘をつくことをも含めて、さまざまな虚偽の申告を行っているのである。

02 矛盾

  物語のポイントとなるのは、夫の前で多襄丸に犯された後で「突然、女がなにやら叫んだ」という一節に集約されるのではなかろうか。それについての証言をもう一度まとめてみよう。

(1)多襄丸の「白状」:すでに目的を達してその場を去ろうとしたまさにそのときに、真砂が「突然わたしの腕へ」「縋りつき」なにかしら叫んだ。実際は、とんでもない悪党で好色な男で、すべて自分に都合のいいように理解する男である。だが、縄を解いて戦いあったのは事実かもしれない。武弘を殺した後、女にはすっかり興味を失って、その場を去る。

(2)真砂の「懺悔」:真砂は手込めにされた後で、夫のそばに駆け寄ろうとして、盗人に蹴り倒される。そして、そのときに夫の自分を蔑(さげす)んで冷たく光る夫の眼に気づき、なにやら叫んだきり気を失ってしまった。彼女の意識はとぎれとぎれで現実感がまるでない。「夢うつつの内に」小刀で刺したというが、本当のところはどうなのか。意識が戻ると、「夫はもう縛られたまま、とうに息が絶えていました」と言う。そして最後に縄を解いたというが、それもすべては妄想のなせるわざかもしれない。

(3)死霊の言葉を語る巫女:真砂が盗人の腕にすがりついて「あの人を殺して下さい」と言うのを聞いて、多襄丸が「あの女はどうするつもりだ? 殺すか、それとも助けてやるか?」と言ってきたので、もうそれだけで盗人の罪は赦してやりたいと思った。妻はおれがためらううちに、なにか一声叫ぶがはやいかたちまち藪の奥へ走り出した。これは最後への伏線となっているのかもしれない。

 では、その後、「真砂はどこへ行ったのか」。逃げたか、そこに昏倒していたのか、それとも、いったん逃げて、また戻ってきたのか。いや、おそらく彼女は最初から最後までその場にいた可能性大なのである。武弘の死霊が「誰かの泣く声がする。おれは縄を解きながら、じっと耳を澄ませて見た。が、その声も気がついて見れば、おれ自身の泣いている声だったではないか?」というが、この科白は、武弘の悲しみとともに付近の真砂の存在を暗示している。これは真砂が「わたしは泣き声を呑みながら、死骸の縄を解き捨てました」と語っている箇所とも重なっている。

 よく考えると、真砂の清水寺での懺悔はけっして罪に問われることのないものである。彼女は「(寂しき微笑)わたしのように腑甲斐ないものは、大慈大悲の観世音菩薩も、お見放しなすったものかも知れません」というが、ここにも彼女のごまかしがあると高田瑞穂(「『藪の中』論」1976年)は指摘している。なぜ「お見放しなすったにちがいありません」と言わなかったのか。まさに夫が死んだのだからもはや自分が死ぬ必要はなくなったと言わんばかりではないか。彼女の生きることへの本能的執着を感得せざるを得ないというのである。

 そうはいっても、高田の結論はあくまでも自殺説である。彼は大岡昇平の次の語句を引用し、私見と重なると述べている。「ではなぜ、夫は自殺しました、といわなかったか。彼女の失心(女性の常用の武器)したと言明することによって自分の重大な言葉と、その結果について証言を回避し、逃走をかくしたことによって、夫の自殺をとめなかった事実を合理化する根拠を失っているからである。もっとも失心から醒めたら、夫は自殺していた、と合理化することができるが、そうしなかったのは、自分が夫の自殺の原因になったことについて、深い罪障感があり、自己処罰欲があったかたであろう」と。

 ここで、だれが縄を解いた(切った)かという問題が浮上してくる。いったいだれが武弘の縄を解いたのだろうか。おそらく多襄丸ではないだろう。刀で切ってしまえば、残留品は「一筋の縄」というわけにはいかなくなる。もちろん本人にはとてもムリだ。となれば、夫の縄を解いたのは真砂以外の何者でもないということになる。

 さらに、上野正彦(『「藪の中」の死体』2006年)は、法医学の立場から、多襄丸が男を刺したとは到底考えられないと述べている。「木樵りの話にあったように、創口に乾血が付着し、死骸の周りの落ち葉には血液が染み込んでいた。とすると、現場に血液が飛散したような著しい流血はなかったということでもある。さらに、受傷から死亡までの時間が短いようなので、刺創はおそらく心臓に達していたと思われる」「この場合、胸に刃物を刺しすぐに引き抜けば、心臓からの出血はものすごい勢いで体外に飛散し、現場は血だらけになるのが一般的である。しかし、刃物を刺したままに放置すれば、心臓からの出血はあっても、創口は刃物で塞がっているから胸腔内(体内)の出血にとどまり、からだの外に大きく飛び散るほどの出血はなくてよい」。ということであるから、刃物を胸に刺されたまま放置したと考えるべきで、凶器も大刀ではなく小刀であった可能性が高いことがわかると結論づけている。

 つまり、縄を解いたのは真砂、刺し傷は小刀によるものとなれば、結論的にいうと、多襄丸は、女の叫び(「あの人を殺して下さい」)を聞いて、恐れをなして逃げていったというのが本当のところではないかと思われる。彼はすでに性欲と物欲が満たされており、これ以上無益な殺生をする必要がなかったのである。しかも、多襄丸は真砂の要求には応じなかった。「となれば、真砂は自ら夫を刺殺するほかなかったであろう。夫に対する裏切りの意識は、逆に、自ら夫を殺すほかないところまで、彼女を追いつめていたのである」という大里恭三郎説(『芥川龍之介―『藪の中』を解く』1990年)を支持したくなる。多襄丸が去り、二人して残されたという状況下で自殺するというのはなかなか考えにくいのではなかろうか 。

03 女は諸悪の根源

 ここに、さらに事件の真相を知るための三つのデータがある。一つは物語の出典『今昔物語集』であり、一つは芥川自身の残したメモ(手帳)であり、一つは執筆当時の彼をめぐる交流関係である。

 まず、出典についてだが、この物語が『今昔物語集』巻第二十九第二十三話に依拠したものだということは、よく知られたことである。平安末期に集められたという『今昔物語集』(1120年代以降成立)の説話の記述は、あまり修辞に凝らず、事実をそのまま述べるような坦々としたもので、口語体も多く混じっており、読みやすい。この『今昔物語集』にも出典があって、『日本霊異記』、『三宝絵』、『本朝法華験記』などを典拠にしたものが多いのだが、ここではそれに言及するのは控えよう。なにより巻第二十九第二十三話がどういう話なのか簡単に要約してみたい。それは「妻を具して丹波の国に行く男、大江山において縛られたる語」と題されている。

 男が妻を馬に乗せて大江山にきたとき、大刀を持った男(盗人)と道づれになり、あなたの持っている弓矢とこの大刀を交換しないかと持ちかけられ、男はなかなか立派な大刀だったので喜んで交換してしまう。では、そろそろ昼食をということになり、人前では見苦しいので、ちょっと藪に入ったところでと誘われ、そこで、弓に矢をつがれて「ちょっとでも動いたら殺す」と居直られ、木に強く縛りつけられてしまう。そして、盗人はようやく女のもとに戻ると、あまりの魅力に心を奪われ、その場で裸にして(自分も裸になって)地面に押し倒して犯してしまう。その後、盗人は「そなたに免じて男は殺さずにおく」と言い残し、馬に乗って去る。女は男に近寄って縄をほどくが、男は茫然自失の様子。これではどうしようもない(情けない)と思いつつ、ともに丹波の国に向かったのだった。

 ここでは、男の情けなさばかりが強調されており、三者三様の交わりという側面は出てこない。芥川の興味は「目の前で自分の最愛の妻を犯された男の話」という域から、さらにそれぞれの心理状態の移り変わりへと向かうことになるのだが、それはどのように構想されることになったのか。

 その秘密を垣間見せるのが、芥川自身が残したメモである。そこには、「―心中。かけ落ちの途中、女rapeさる。男を殺す」と書かれている。芥川にとって「女人は我我男子には正に人生そのものである。即ち諸悪の根源である」(『侏儒の言葉』)というようにも考えられており、その点からすると、どうも「藪の中」は殺された男の妻・真砂に厳しい内容ではないかと想像されるのである。

 さらに、この小説が書かれた背景に実際の三角関係が隠されているのではないかという推理も成り立つ。たしかに当時、芥川龍之介は、自分の友人でもあり門下生でもあった南部修太郎と秀しげ子との間の三角関係に悩んでいた。高宮檀は『芥川龍之介の愛した女性』(2006年)において、アナグラムまで持ち出して(KANASAWA NO BUKOU(TAKEHIRO)は「南部修太郎、若様」となるという)、多襄丸は芥川自身で、武弘が南部、真砂がしげ子に相当し、「藪の中」は彼ら三者の関係を描いたものだと述べている。高宮は、1922年8月7日付けの芥川から南部への手紙に、「僕のした事の動機は純粋ではない。が、悪戯気ばかりでした事ではない。純粋でない為にはあやまる」と書かれているのを見て、それは「藪の中」のことを指しているのではないかと推測している。どうもしげ子は(芥川にとって)なかなか一筋縄ではいかない女だったようである。

 そういうわけで、さらに、妻・真砂犯人説がもっとも説得力があるように思えてくるのだが、その当否はともかくとして、彼らの告白の背後に隠された真実とはいったいなんだろうか。なぜ彼らは三者三様に嘘をつかなければならなかったのか。その点について簡単にコメントしておきたい。

04 秘密

 彼らがどうしても隠しておかなければならなかった事柄とはいったいどういうことだったのか。大里説を援用させてもらいつつ、なぜ彼らがウソをつかなければならなかったのか、その心理状態をここで推測してみる。

 まず、武弘の死霊だが、おそらく、欲に目が眩んで盗人に一杯食わされ、縛られた上、眼前で妻を犯され、しかもその妻によって自分が刺し殺されたなどとは、侍としてあまり惨めで、語るにしのびなかったのではなかろうか。彼は自殺というフィクションを捏造することによって恥辱の底から這い上がろうと思ったのである。盗人に殺されたというのも恥だが、妻に殺されたとは口が裂けても言えなかったに違いない。

 多襄丸は、自分の好色を精一杯否定した上で、結婚の話まで持ち出し、真砂から依頼された決闘(それも縄を切って公明正大な戦いを挑んだと主張)という大義名分までつくりあげたのだが、自分が女の叫び(「あの人を殺して下さい」)を聞いて、恐れをなして逃げたという事実を隠蔽しようとしたのである。すでに他の事件でも嫌疑をかけられており、ここでは「ケチな女好きの小悪党」というイメージを払拭するのに懸命だったのだ。そういうことなら、そちらの事件とは無関係と言い逃れしつつ、また、こちらの罪も軽くなるだろうし、おまけに面目も立つというものである。さらに、もうひとつの見方として、どうせ創口(傷跡)などを調べれば彼の仕業ではないことは一目瞭然と踏んでいたのかもしれない。さんざん検非違使や放免らをおちょくっているところをみると、そちらの可能性もまた否定できないだろう。

 真砂の懺悔は、なんとか多襄丸に自分の夫を殺すように依頼した自分の夫への背信行為を伏せ、重要な場面では失心していたと言い逃れしつつ、かつ、自殺幇助、心中未遂という言い訳をも用意して、ようやく夫の殺害を告白しているが、そこにはエゴイズムからくる自己正当化が隠されているように思われる。夫が「冷たい蔑みの底に、憎しみの色」まで見せたのは、そして、事態が最悪の結末を迎えたのは、本当は自分の裏切りによるものだからである。おまけに、先ほど指摘したように、彼女の懺悔は清水寺でのもので一切罪に問われるものではないという点も見逃すことはできない。

 男と女がまともに付き合えば必ず破綻する。もし二人だけでずっと密室に閉じ込められたとすると、いつか相手の存在に耐えられなくなってしまうのである。相手の身体の匂い(臭い)とか、口ぶり、受け答えのまずさ、乱雑な振舞い、思いやりのなさ、等々。相手のいやなところばかりが気になってくる。そうしたことはどんなに努力しても仕方がないことなのである。それよりなんとか二人のあいだにある(根源的な)ひび割れ(「一緒にいればいるほど関係は綻びていく」)を隠し通さなければならない。ささいな不満がそこまでたどり着いてしまうともはや修復は不可能となる。もしかしたらそのギャップを埋めるのが嘘の働きなのかもしれない。

 嘘は、単に自己正当化のためのものではなく、もっと大きな社会的役割を持っているということである。人間同士のあいだにひそむひび割れ(ギャップ)をなんとか見えないようにするための無意識的な振舞いなのかもしれない。われわれは心の底ではだれにも真実を語ってほしいとは思っていないのではないか。わざわざ見えないものを暴き出す必要がどこにあろう。ぼくには「藪の中」の隠された主題はそのことをひそかに物語っているように思われるのである。


参考文献:
芥川龍之介『地獄変・邪宗門・好色・藪の中 他七篇』岩波文庫、1956年。
吉田精一『芥川龍之介』1942年。
駒尺喜美「芥川龍之介『藪の中』」1969年。
中村光夫「『藪の中』から」『すばる』1970年。
福田恆存「『藪の中』について」『文學界』1970年。
大岡昇平「芥川龍之介を弁護する―事実と小説の間―」『中央公論』1970年。
浅井清「藪の中」『国文学』1972年。
高田瑞穂「『藪の中』論」『芥川龍之介論考』1976年。
海老井英次『芥川龍之介論攷―自己覚醒から解体へ』1988年。
大里恭三郎『芥川龍之介―『藪の中』を解く』1990年。
佐々木雅發(まさのぶ)「『藪の中』捜査」(1)(2)(3)(4)『芥川龍之介文学空間』2003年。
上野正彦『「藪の中」の死体』2005年。
高宮檀『芥川龍之介の愛した女性』2006年。


○植島 啓司(うえしま けいじ)

1947年東京生まれ。1972年、東京大学卒。東京大学人文科学研究科大学院(宗教学専攻)博士課程修了。その後、シカゴ大学大学院に留学、M・エリアーデらのもとで研究を続ける。1980〜2002年、関西大学専任講師・助教授・教授を歴任。1990〜91年、NYのニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ(人類学)客員教授。1974年より現在まで、ネパール、タイ、インドネシア・バリ島、スペインなどで宗教人類学調査を続けている。著書に『男が女になる病気』『分裂病者のダンスパーティ』『快楽は悪か』『宗教学講義』『オデッサの誘惑』『聖地の想像力』他。

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