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 画一化した社会は死滅する。いまの日本は坂道を転がり落ちてる感じ。21世紀へのふくらんだ夢もあっというまに萎みつつある。現在、誰もがなんとかこれまでとは違った生き方を見つけようとしているが、では、価値の多様化はいかにして可能なのか。世界には日本より貧しい国は無数にある。いまや日本の国際的信用度はイタリア並みというが、彼らは、もはや破産寸前といわれた時期でも、深夜までカフェで語り合ったり、踊ったり、小さな賭けをしたりで、なんとも楽しそうだった。その違いはいったいどこにあるのだろうか。

第55回・モロッコ紀行

01 なぜモロッコなのか

 モロッコといえば、普通はいったい何を思い浮かべるだろうか。映画『カサブランカ』や『シェルタリング・スカイ』のイメージか、大竹伸朗の『カスバの男』か、菊地成孔のアルバム『パンセ・ソヴァージュ』(野生の思考)か。それらすべてに含まれているアフリカでありながらどこかヨーロッパでもあるようなエグゾティズムが人を誘うのか。ウィリアム・バロウズが『裸のランチ』を書き、ブライアン・ジョーンズが『ジャジューカ』を収録し、ポール・ボウルズが長く滞在したタンジール、都市全体が迷宮と化している文字どおり世界一の「迷宮都市」フェズ、大道芸が炸裂し屋台が活気を呈するマラケシュの熱帯夜、ジミ・ヘンドリクスが泊まった避暑地エッサウィラ、そして、サハラ砂漠への逃避行、どれひとつとっても魅力的でないものはない。そんなイメージだけで11月から12月にかけて2週間にわたるモロッコ旅行を敢行したのだった。
 予約は一切なし。すべてその日の気分で行き先を考えるという気ままな旅。まあ、それはそれでいいのだが、けっこう宿泊や移動の準備が大変だ。身軽ならばいいのだが、大きな荷物を持って宿を探すのはかなり体力がいることである。お金がないわけでもないのだが、ぼくは1泊500円くらいの安宿を点々とするのが好きだ。シャワー、トイレも共同で、部屋も薄暗い。それでも全然かまわない。ある程度清潔でありさえすればどこでもだいじょうぶ。むしろ、安宿じゃないとその都市の本当の部分が見えてこないように思われる。値切り交渉、言い争い、慰め、知らない人の好意、黙殺、邪険な態度、安堵、やすらぎ。すべて前もって決められていたら、そうした感情とは無縁のまま過ごすことになる。それで果たして旅と言えるのかどうか。
 いや、旅をするのに理由はいらない。ただどうしても日本にいたくなかっただけなのだ。これは間歇的に起こる病気のようなもので、自分ではどうしようも始末がつかない。ずっと年間100日も海外で過ごしてきた。ひとりになりたいわけでもない。ただ何か身体に蓄積したものを払いのけたいのだ。おそらく海外ではもっとしんどい思いをすることになるだろう。それはそれでいい。いつものことだから。いくら旅をしたって、同じところに1週間もいれば何もかもイヤになってしまう。当てもなく彷徨うことが大事なのだ。たとえ宿探しや移動など煩わしいことをいっぱい抱え込むことになっても、それは「自分自身に属する煩わしさ」とはまた質が違ったものなのだ。

02  マラケシュ

 まず、関空からドバイに飛び、そこからカサブランカ行きの飛行機に乗り換える。エミレーツ航空の評判もよかったし、なにしろ往復95,000円というのが魅力だった。西アフリカまで飛んで10万しないのだ。1970年代に旅したときとは雲泥の差である。当時は1ドル360円だったので、海外旅行がいまの3倍かかるのは普通であり、いや、実感としては5,6倍といったところではなかったか。つまり、西アフリカまで飛ぶというだけで往復50万といった感じだったのである。現金の持ち出し制限もあったし、ヴィザや予防接種などうんざりするほど準備に時間がかかったのを思い出す。
 しかし、ドバイまで12時間もかかるとは乗るまでわからなかった。退屈きわまりない。ただそれでは終わらない。さらに、カサブランカまで、アラビア半島を横断し、紅海に抜けてから、アフリカ大陸を東から西まで横断することになる。それがまた8時間もかかる。合計20時間。カサブランカに到着したころには、さすがのぼくもすっかり疲れ果てていた。
 カサブランカは想像とはまったく違っていた。海がすぐ近くに見えるのだが、モロッコ経済の中心というには近代化されておらず、また、アフリカ特有の土着的な空気にも乏しい。トルコあたりの地方都市と大差ない。大きく通りに面したカフェには男ばかりがぎっしりと居並ぶ。どこも男ばかり。夜を待って数少ない地元のクラブに飛び込んだ。1階の通りに面したテーブルについて、モロッコビール「カサブランカ」を頼む。地下がディスコになっており、音楽が下から大きく響き渡るが、1階には他にだれもいない。ビリヤードの台があるだけ。ただ、そこは音楽もいいし、人々も暖かく、ひたすら気持ちよかった。ハリラ(モロッコ独特のスープ)も抜群だった。ただし、長居は無用。ぼくはそこで翌日マラケシュに移動することに決めた。列車で3時間半。まだ着いたばかりなのに慌ただしいことである。
 モロッコでの移動は列車に限る。時間の推移が通常とは全然違って心地いい。しかも窓からの景色は自分がどこにいるのかわからなくする。ほとんど荒地ばかりで、時々潅木地帯や羊の群れなどが生息する草原地帯を通過するのだが、イメージしたアフリカとは異なり、どこにもその個性らしきものが感じられない。しかし、それゆえに嘘偽りのない本当のモロッコを実感できるとも言えるだろう。
 マラケシュに着くや否や、タクシーの客引きがやたら近づいてくる。アラブではこれがはなはだしくやっかいだ。ぼくはスーク(市場)で物を買うときの値段交渉はけっしてキライではないのだが、タクシーの客引きだけは相手にしたくないほど忌み嫌っている。つい断って、延々と時間をかけてメーターで走る流しのタクシーを拾いにかかるはめになる。うっとうしいが、これも毎度のことで仕方がない。
 しかし、結果的に言うと、マラケシュこそモロッコの魅力がいっぱいに詰まったすばらしい都市だった。歩き回って見つけた宿は1泊500円。それでもけっこう居心地のよい清潔なホテルだった。ただし、夜になって屋台でソーセージなどを食べたり大道芸を見たりしているうちに、自分の宿を見失ってしまった。どこを探しても見つからない。これには心底困り果ててしまった。地図を片手に聞いて回るのだが、要領を得ないばかりでなく、とんでもない方向を指示されたりもする。周囲はすでに真っ暗だ。それでも、若い男の子2人連れが見るに見かねて一緒に探してくれたおかげで、なんとかホテルまで戻ることができた。そこは全然予想もしない場所だった。彼らはホッとした顔をして手を振って去っていったが、何もお礼できないのがどうにも歯がゆかった。タクシーには10DH(ディルハム)、つまり140円でもケチったのに、彼らには1000DHあげても惜しくなかった。もちろん好意にお金で返すわけにはいかないのだけれど。
 その夜、もっとも安いという砂漠ツアーを予約した。丸3日間、交通費、宿泊費(テントも含む)、食事代、ラクダ代、すべて含んで1万円。これ以上安いツアーは見つかるまい。日本で予約したら6万くらいかかるはず。サハラ砂漠で降ろしてもらって、あとは自分で旅を続けることもできる。モロッコではゆっくり夢でも見ながら過ごすつもりだったが、昨日着いたばかりなのに明日からいきなり体力勝負のサハラ砂漠行きになってしまった。大量に持ってきた原稿の続きを果たして書き上げることができるだろうか。そんなことを考えつつ、いつの間にか眠りに落ちてしまった。

03 カイロの男の夢

 このところしばしば考えるのだが、もし飛行機がカサブランカに着くときに事故にあったら、われわれはそれを「不運」と呼び、どうしてそういうことになったのか原因を知りたがることだろう(いや、死んでしまったらそれどころではないだろうが)。だが、よく考えてほしい。では、飛行機が無事に着いたとして、われわれはそれを「幸運」と思うだろうか。たしかにホッとすることはあっても、きっと幸運とまでは思うまい。つまり、一つの行為の結果がプラスで「当たりまえ」マイナスで「不運」というのはいかにも不公平ではないかということである。
 われわれは人生の座標軸を、

  1. 幸運
  2. 普通(つつがなく)
  3. 不運

 という3極で考えるべきではないかと思う。すると、その比率は5%、90%、5%くらいになるはずだ。ところが、普通(つつがなく)の90%は通常は見えにくくなっている。普通(つつがなく)は本来は感謝すべきことなのに、だれもがそれを忘れてしまっている。それに気がつくのは、病気をしたり、監獄に入れられたり、死が近づいているのを実感したときだけ。われわれはいつも不運だけをクローズアップしてしまうのだ。「なぜ自分はこんなに運がないのだろう」と。

 それで思い出すのが次の「カイロの男の夢」のエピソードである(I・エクランド『偶然とは何か』南條郁子訳、創元社、2006年〔原著は1991年〕、140-142頁)。

 ボルヘスは『千夜一夜物語』に関する有名な講演のなかで、ある小話を披露している。カイロに住む男の話である。あるとき男は夢をみて、ペルシアのイスファハンへ行け、さるイスラム寺院で宝がおまえを待っている、と告げられる。
 あまり毎晩同じ夢をみるので、男はついに出発する。多難な旅で、いくつものキャラバンに身を寄せ、あらゆる種類の強盗に遭い、身ぐるみ剥がれ、疲労困憊してようやくイスファハンにたどりつく。めざす寺院に到着して夜をすごそうとすると、そこは泥棒の巣である。ちょうどその夜、踏みこみ捜査がおこなわれ、男は捕まってしまう。
 さんざん棒で打たれた末、裁判官の前につれていかれ、なぜそんなところにいたのかを説明するように命じられる。そこで夢の話をすると、裁判官は大口をあけて笑い出し、のけぞったあまりに後ろにひっくり返ってしまう。しばらくして笑いがおさまると、裁判官は目にたまった涙をふきながら男にこう語りかける。
 「お人好しの異邦人よ、そういう夢ならわたしは三度も見たぞ。エジプトのカイロに行け、さる道に家があり、家には庭があり、庭には池と日時計と古いイチジクの木があり、その木の下に宝がある、とな。わたしはこれっぽっちも信じなかったが、今にして思えばそれでよかったのだ。さあ、路銀をやるから家に帰れ、もう二度と悪魔が送ってよこす夢など信じるな」。
 カイロの男は礼をいって家に帰り、庭に直行して、池と日時計の間にあるイチジクの木の下を掘り、宝を発見する。

 さて、この話からいかなる教訓が読み取れるだろうか。ボルヘスいわく、「この話の愉快なところは、裁判官と旅人がどちらも自分の判断の結果を喜べる点にある。彼らの分析は正反対なのに、どちらも事実によって全面的に正しさが裏づけられる。裁判官はありもしない宝を求めてはるばるやってきたお人好しを笑いながら、心静かにイスファハンで生涯を終えるだろう。一方、カイロの男は夢を信じてよかったと喜びながら一生を送るだろう。どちらもそれぞれの方法で完璧に未来を予想したのである」(同、141-142頁)。
 そう、われわれはこの裁判官を見て、けっして不幸には思わないはず。いや、むしろそれはそれでひとつの生き方だと納得させられる。人生では正解はひとつではない。好ましい生き方とは「普通(つつがなく)」を幸運の陣営に入れ込んであげることなのではなかろうか。「カイロの男の夢」の教訓もそこにある。それに対して、「普通(つつがなく)」を不運の側に入れてしまう人がいかに多いことか(「自分には何もいいことがない」)。もしかしたら、そんなちょっとした考え方の違いのなかに、人生をよりよく生きる秘訣が隠されているのかもしれない。

04 サハラ砂漠

 サハラ砂漠はやはりきつかった。マラケシュからオート・アトラスを越えてワルザザードでランチをとり、ひたすら東を目指して走る。ティネリール近くの峡谷で1泊し、翌朝早く出発してエルフードを過ぎるあたりからピステ(でこぼこ道)に入る。もうちょっとでアルジェリア国境というあたりで、いよいよオアシスが見えてくる。サハラ砂漠の大砂丘が目前に聳え立つ。そこからはラクダに乗って旅することになる。
 砂漠のテントでの夜の出来事。深夜、なにものかが眠っているぼくの横をひたひたと這っている。夢ではない。おそらくトカゲかなにかだろうか(それにしては大きすぎる)。ぼくのテントには5人が眠っている。しかし、だれも気づかないところを見ると、ただ無視すればいいのかも。ぼくは再び浅い眠りについた。すると、しばらくして、「グワッ、ギュルルー」という怖ろしい声。ぼくのすぐ頭のところで聞こえている。どうしてだれも気がつかないのか。それなのに、隣に寝ていた英国人の男が(そんな声など無関係とばかりに)ぼくに身体をすり寄せてくる。ほとんど密着された状態のまま、ぼくにはどうしていいのかわからない。もしかしてそういう趣味だったのか。それとも単なる偶然なのか。いや、どう考えても不自然だ。もしそれ以上のことをされたらどうしよう、そう思いつつまた眠りに落ちてしまった。
 その夜、「グワッ、ギュルルー」という声はもう一度聞こえたが、朝起きてみんなに聞くと、だれもそんな声は聞こえなかったと言うのだった。隣の英国人は「それはぼくの寝言じゃないかな」と言って笑った。いったい何が起ったのかわからないまま、ぼくらは早朝からまたラクダに乗って大砂丘を歩き始めたのだった。なんとカサブランカに着いてからまだ3日目のことだった。

○植島 啓司(うえしま けいじ)

1947年東京生まれ。1972年、東京大学卒。東京大学人文科学研究科大学院(宗教学専攻)博士課程修了。その後、シカゴ大学大学院に留学、M・エリアーデらのもとで研究を続ける。1980〜2002年、関西大学専任講師・助教授・教授を歴任。1990〜91年、NYのニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ(人類学)客員教授。1974年より現在まで、ネパール、タイ、インドネシア・バリ島、スペインなどで宗教人類学調査を続けている。著書に『男が女になる病気』『分裂病者のダンスパーティ』『快楽は悪か』『宗教学講義』『オデッサの誘惑』『聖地の想像力』他。

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