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 画一化した社会は死滅する。いまの日本は坂道を転がり落ちてる感じ。21世紀へのふくらんだ夢もあっというまに萎みつつある。現在、誰もがなんとかこれまでとは違った生き方を見つけようとしているが、では、価値の多様化はいかにして可能なのか。世界には日本より貧しい国は無数にある。いまや日本の国際的信用度はイタリア並みというが、彼らは、もはや破産寸前といわれた時期でも、深夜までカフェで語り合ったり、踊ったり、小さな賭けをしたりで、なんとも楽しそうだった。その違いはいったいどこにあるのだろうか。

第44回・日々雑感

01 読書三昧

 なんだか「日々雑感」なんていうタイトルでこのコラムを書くなんて、ちょっと自分でも似合わない気がする。毎日のように過激なことばかりやってきた身にとっては、のんびりと日向ぼっこでもするような日々がやってくるとは想像もつかなかった。しかも、このところそんな日ばかりが続いて、ゆっくりと本ばかり読んでいる。

 ぼくは図書館が好きで、高校時代から図書館で過ごした時間はけっこう長い。10冊ほど手元において、どんどん読んでいく。読み終わったら、また10冊ほど書架から取り出してくる。読みきれなかった本はそのまま借り出して、次に図書館に来るときまでに一気に読んでしまう。30年以上もそんな繰り返し。たまたま図書館で借り出した本が手元にある。いずれもいまの仕事と関係ないものばかり。徐朝龍他『謎のチベット文明』、シルヴィ・バルネイ『マリアの出現』、伊藤敏樹『モンゴルVS.西欧VS.イスラム』、デイヴィット・ウィークス他『変わった人たちの気になる日常』、山内久明他『ヨーロッパ・ロマン主義を読み直す』。原稿締め切りに追われ切羽詰っているのに、どうしてそんな本ばかり読んでしまうのか。自分でも何を考えているのかわからない。

 図書館でそんな本をのんびり「目的もなく」読むならば、これぞ「日々雑感」という感じもするのだが、実はそんな心のなかはいつも戦争状態だ。原稿が仕上がらず焦りまくっている。そういえば、一昨日も大学の図書館でパイヤー『異人歓待の歴史』、鯖田豊之『肉食の思想』なんていう本を借り出したばかり。しかし、いかなる状態に置かれても、それでも全部読まずにはいられない。業が深いとでもいうべきか。やらねばならない仕事があればあるほど、ほかのどうでもいいことに熱中してしまう。子どもの頃からそうだった。逃避ではない。いや、逃避か。

 現在のぼくにとってもっとも重要な仕事は、おそらく集英社『青春と読書』の連載『処女神』になるだろう。第1回の原稿はできているので、順調ならば来月あたりから上梓されることになる。1980年以来のカトマンズ調査記録を振り返る仕事で、なかなか前に進まないが、どうしても今まとめなければならないと切羽詰った気持ちでいる。25年間の調査記録をまったく公表しないまま死んでしまうという手もあるが(ほとんどそう思っていた)、なんだか無性に書きたいという気になっている。これはチャンスだ。ぼくの場合、時機を逸して書かずに終わった仕事がいっぱいある。死屍累々。その気になるなんて10年に1度の得がたいチャンスなのだ。

 実は、「日々雑感」と書き出したが、実際のところはかなり忙しい。大学の仕事以外に、単行本の依頼7件(しかし、やらなければやらないで済む!)、大阪での市民講座「聖地のフィールドワーク」(次回は10/31)。TBSテレビの「島田検定!!」の監修(これは毎週)など、毎日仕事に追われていると言ってもいい。今月から、いよいよ大阪の江坂の自宅を離れて、東京に移り住むことになる。海外調査も入っている。それなのに、つい図書館に足が向いてしまう。やはり、これも逃避の一種なのだろうか。

 しばらく仕事がなくて身動き取れなくなった経験があると、ちょっとした仕事でも入るようになると、どうしても自分から忙しくしてしまう。なんでも引き受けないわけにはいかなくなる。モーツァルトもそうだった。カフカもそうだった。みんなそうだったのだ。仕方がない。それでいて図書館に通うというこの矛盾。これもまた仕方がないで済むのだろうか。

02 台風14号

 つい先週、和歌山県の南端に位置する串本まで出かける機会があった。折悪しくも台風14号がのろのろと本州を直撃にかかるところで、こんなときに台風銀座といわれる串本に出かけるなんて、まさに自殺行為かもしれないと思った。しかも、たどり着いても戻って来れるかどうか。目的地は串本にできた「リージェンシー・クラブ」という一風変わったホテル。友人の写真家谷敦志氏の紹介だった。大阪ミナミから車で3時間ちょっと。やはり予想通り台風との追っかけあいになった。御坊を通過するころには突然前が見えなくなるほどの暴風雨に襲われ、また、南部(みなべ)にさしかかるとカラッと晴れ上がったりという予想通りスリリングなドライブになった。

 かつては南方熊楠の調査のため幾度この道を走ったことだろう。しかし、紀伊田辺、白浜より先まで行ったことはない。逆コースで紀伊半島を東から下って那智勝浦までやってきたことは何度もあったから、これで串本、潮岬(しおのみさき)、太地とわずかな区間を制覇すれば、紀伊半島沿岸全制覇ということになる(別になんの意味もないが)。今回はそれをやり遂げるつもりだった。しかし、結果を先にいうと、台風14号の影響でついに串本から先へは進むことができなかった。残念。いつかまた訪れる機会があるだろうか。そういえば、この夏の初め、マシュー・バーニーから熊野、太地に連れて行ってほしいという連絡が入った。ちょうど出雲に出かけていた時期だったので同行できなかったのだが、後にその成果を金沢21世紀美術館での「マシュー・バーニー展」で見て、びっくり仰天した。まるで時代錯誤の冗談のような作品だったからである。わざとそうしたのか、本気でやったのか、本人に聞いてみたいと思った(まさか本気とは思えないのだが...)。

 さて、やっとたどり着いた「リージェンシー・クラブ」は、わずか4室しかない超高級ホテル(いや、特別な会員制クラブとでも言おうか)で、4室とも海に向かった断崖絶壁にしつらえてある。ステンレスのような軽金属とコンクリート打ちっぱなしの無機質な外装。入り口に立っても、どこにドアがあるのかもわからない。まるで宇宙船に乗るような気分になった。それでいて、一歩部屋に入ると、畳に布団敷きで檜の風呂まで完備している。なんというミスマッチ! しかも、海に向かった側は全面ガラスばりで、波がこちらに向かって激しく打ち寄せてくるのが見える。知り合いから、潮岬から水平線を見れば地球が丸いというのがよくわかると言われていたが、ここ串本から見ても水平線はやはりやや丸くなって見える。

 全面ガラスばりの窓の外側には露天風呂。谷敦志氏の助手の女の子と同室にしてもらったので、せっかくだから一緒に露天風呂に入ることにした。どこにも身体を隠せそうな場所は見当たらない。となりの脱衣所の鏡に向かっても、背後には海が写り込んでくる。初対面の2人で露天風呂に入って海を眺めることにする。すると、ちょうど視線の高さに海が見えて、風呂の湯から海までがひとつながりになって見える。そして、なによりすばらしいのが海の音。ビールを飲んでいても、本を読んでいても、何をしていても、海の音が大きく響きわたる。それこそ究極的な歓びかもしれない。ここには海しかない。しかし、それですべてが充足している。ちょうど「退屈」と正反対の感覚というのだろうか、こういう感覚は海外でしか経験したことがない。自分がどこにいるのかすっかり忘れさせてくれる。彼女の羞しそうなしぐさも含めて、ぼくは長いあいだ海に溶け込んでしまうような快感を味わっていた。

03 東京へ

 串本から戻って、引越しの荷造りをすると、なんだか急に秋の気配が押し寄せてくるようで、ちょっとセンチメンタルな気分になった。京都に5年、大阪には20年、合わせて25年間を関西で過ごしたことになる。それまで東京しか知らなかったぼくが、これほど関西に長く住むことになるとは、だれも想像できなかっただろう。それほど大阪に魅かれていたわけで、東京に戻るとなっても気分はあまり高揚しない。まだ大阪に未練が残っている。

 まあ、明日は明日の風が吹く。考えてみれば、この30年間、ほぼ毎日が旅だった。1ヶ所に3日いたこともなかったし、どこにいたってそこがぼくの居場所だった。大阪にも毎週のように戻ることになるだろう。それより、来週あたり久しぶりに健康診断を受けてみるつもりで、どこも悪くなければまた何かとんでもないことをやらかしたいと思っている。そういえば、知り合いのクラブのオーナーから次のようなメールが届いている。

 10月3日(月)はM女公開調教会を行います。大勢の人の前で、くりひろげられる淫靡な調教、非日常の世界...。是非お越しくださいませ。
 料金:通常通り 開始時間:22:00

 どうしても来てほしいと添え書きがついていた。しかし、このところはちょっとそういう気分でもない。もっとたくさん本を読みたいと思っている。いや、読まなければならない。周囲にはまだ夏の気配が残っているが、こちらも来るべき事態に備えて力を蓄積しているところ。すっかり秋になった頃におもしろいイベントを仕掛けたいと思っている。

追記
 このコラムも1年間お休みをいただいた形になっていますが、また隔週でアップしていくつもりです。どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
 ついでに、リージェンシー・クラブですが、なんと改めて聞いてみると、1泊2食30,000円〜(平日、税・サ別)と、フランス料理のフルコース付きにしては、意外と手頃な料金だった。TEL0735-67-1331、FAX0735-67-8015。

 

○植島 啓司(うえしま けいじ)

1947年東京生まれ。1972年、東京大学卒。東京大学人文科学研究科大学院(宗教学専攻)博士課程修了。その後、シカゴ大学大学院に留学、M・エリアーデらのもとで研究を続ける。1980〜2002年、関西大学専任講師・助教授・教授を歴任。1990〜91年、NYのニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ(人類学)客員教授。1974年より現在まで、ネパール、タイ、インドネシア・バリ島、スペインなどで宗教人類学調査を続けている。著書に『男が女になる病気』『分裂病者のダンスパーティ』『快楽は悪か』『宗教学講義』『オデッサの誘惑』『聖地の想像力』他。

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