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集英社新書WEBコラム

 画一化した社会は死滅する。いまの日本は坂道を転がり落ちてる感じ。21世紀へのふくらんだ夢もあっというまに萎みつつある。現在、誰もがなんとかこれまでとは違った生き方を見つけようとしているが、では、価値の多様化はいかにして可能なのか。世界には日本より貧しい国は無数にある。いまや日本の国際的信用度はイタリア並みというが、彼らは、もはや破産寸前といわれた時期でも、深夜までカフェで語り合ったり、踊ったり、小さな賭けをしたりで、なんとも楽しそうだった。その違いはいったいどこにあるのだろうか。

第41回・天河からラスベガスへ

01 夏の終わり

 暑い夏をうまく過ごすには自分のもっとも好きなことだけを選んですればよい。そうとわかっていながら、ついオリンピックを見て一夏を過ごしてしまった。それでも、8月21日からは天河の七夕祭りに出かけ、すぐに東京に戻って成田からラスベガスまで飛び、1週間ギャンブル漬けの日々を過ごしてから、大阪に入り、いまは宮津にいる。わずか2週間足らずでどれだけ移動したことか。あっという間に9月に入り、たちまち秋の気配が濃くなったのをぼんやりと感じている。

02 天川

 天河大弁財天社の七夕祭では、久しぶりに龍村仁監督と会った。監督も『地球交響曲第5番』の奉納に訪れていたのだった。宮司の柿坂さんとも会ったし、世界遺産に登録されてからの天川(現在の地名では「天川」)の今後について相談にのってやってほしいと言われ、一緒に村の人々とも会った。それでなくともトンネルができたりして、天川の交通の便は飛躍的によくなり、村を訪れる人々も大きく変わりつつある。これは好ましいことではないが、なんとかひどい観光化は食い止めるにしても、もはや林業だけでは天川の経済はやっていくことができない。天川は現在の日本では特別にスピリチュアルな場所であり、どういう形の変化がいいのか難しいところである。
 これまで天川を舞台にしたテレビ番組を3本ばかり作ってきたが、今回は久しぶりの訪問で、初めて学生らとバンガローに泊まることにした。男女合わせて7名で、全員同じ部屋で雑魚寝となった。着替えにも不自由する狭い部屋で一緒に過ごすのは、それはそれでなんとも言えず快適だった。いつもだれかにくっついている感じだった。朝までビールを飲んだり、外を歩き回ったりした。さすがにUFOとの遭遇は果たせなかったが、奇声を発するUMAらしきものとの出会いはあった。
 ところで、龍村仁監督の『地球交響曲第五番』だが、相変わらずすばらしい出来ばえだった。冒頭のシーンから引き込まれてしまったが、とりわけ、妻のゆかりさんの出産と天川の七夕祭りの護摩焚きのシーンがダブるところは感動的だった。「生命とは何か」「地球はひとつ」というシンプルなメッセージがこれほど豊かな世界をつむぎだすとは、さすがに龍村仁監督の手腕には並々ならぬものがある。自主上映で行われるので、なかなか見る機会は少ないかもしれないが、是非ともご覧になっていただきたい(http://gaiasymphony.com)。
 今回は、学生らを連れて天川を聖地とする特別な石をめぐって歩いたのだが、天鼓岩、ラムダ石、獅子鼻岩、鏡岩などの存在は、もはや次の世代には忘れられたものになってしまうことだろう。双門の瀧の存在も。

03 ラスベガス

 天川から東京に戻ったその日に、なんと成田からラスベガスに飛ぶことになってしまった。久々の超ハードスケジュールである。天川からラスベガスというのはまさしくコペルニクス的転換に近い。もちろん調査目的でまずはロサンジェルスに滞在したのだが、すでに心は先にラスベガスに飛んでしまっていた。ギャンブル依存症の血が騒ぐ。持ち金全部賭けるときの恍惚と不安。
 結局、いくつかのカジノを渡り歩いたが、フロンティアホテルのカジノで偶然に出会った連中にはたっぷり楽しませてもらった。時間は木曜の午前4時。こんな時間にカジノのテーブルについているのはだいたい常連ばかり。ディーラーもよく知っていて、会話も弾む。彼らはぼくが勝つと大げさに喜んでくれて、ツキをくれとばかりにハイタッチを繰り返す。こちらもカクテルを飲みながら気分は高揚するばかり。そんな時、K、2、7と引いてなんとか苦労して19を作った男が、なんなく10、Qと引いた親に負けたことがあった。一瞬、彼の口から思わず“Kill him!”という呟きがもれたが、60代の黒人のディーラーは、笑いながら“Kill me softly.”と切り返す。そんなささいなやりとりの連続がカジノの歓びだ。こればっかりは日本にカジノを作っても永遠にダメだろう。
 とにかく日本から一歩外に出るとすべてがルーズでいい加減になる。カジノで大金を賭けていると、ちょっとした買い物などどうでもよくなってくる。お金など、ただの紙っきれにすぎない。そんなものに振りまわされて生きるのは最低のこと、動物以下の生き方だ。そんな気分にさせてくれるところにカジノの効用はある。そこはわれわれにとってもっとも大切なものが何かを、逆説的に思い起こさせてくれる場所なのだ。
 たしか現在の日本では1日100人が自殺しているという。これはとんでもない数字だ。人口10万人あたり25人で、先進国のなかでもずば抜けてトップを独走中だ。海外では、バスなどの乗り物は遅れるのが当たり前だし、うっかり乗り場を通過することだってある。レストランの店員もスローで、いつまでたっても順番が回ってこない。すべてマイペースでそれはそれでまた楽しくやっている。それにひきかえ、日本ではバスがちょっとでもルートをはずれたりすると新聞沙汰にまでなる。非難ごうごうで運転手は処分を受ける。のろい店員はクビだ。
 どうして、そうも不寛容なのか。
 すべてなるようになるさと考えられたら、おそらく自殺する人はいなくなるだろう。われわれの社会は自分で自分の首を絞めている。だれの心も満たされない。果たしてこの先いったいどうなるのか。いつも海外で考えるのは、今をいかに楽しく生きるかということだけ。よく雑誌の特集などで「いくらあったら海外で生活できるか?」というのがあるが、そう考えた時点でもうすでにアウトなのだ。お金のことなど、どうでもいい。人生をいかに楽しく生きるかということは、まずはお金を抜きに考えなければならないことなのだ。「お金さえあったら何でもできる」と考える連中は、すでにそれだけで人生に負けているのである。

04 宮津

 というわけで、いまは宮津にいる。ついでに近くの天橋立を初めて訪れたが、意外にも居心地がよくてつい眠ってばかりだった。天河、東京、ロサンジェルス、ラスベガス、大阪、宮津と来たわけだが、これがわずかここ2週間のこと。ついに明日から東京に戻ることになる。
 宮津湾でたくさんのカモメを見ながら、ぼくはアレッサンドロ・バリッコの『絹』の一節を思い出していた。「恋人の貞淑に報いるとき、東洋の男たちに宝石を贈る慣わしはないと、なにかの本で読んだことがあった。そんなとき、彼らは優雅でひたすら美しい鳥を贈るのだ、と」。

 

○植島 啓司(うえしま けいじ)

1947年東京生まれ。1972年、東京大学卒。東京大学人文科学研究科大学院(宗教学専攻)博士課程修了。その後、シカゴ大学大学院に留学、M・エリアーデらのもとで研究を続ける。1980〜2002年、関西大学専任講師・助教授・教授を歴任。1990〜91年、NYのニュースクール・フォー・ソーシャルリサーチ(人類学)客員教授。1974年より現在まで、ネパール、タイ、インドネシア・バリ島、スペインなどで宗教人類学調査を続けている。著書に『男が女になる病気』『分裂病者のダンスパーティ』『快楽は悪か』『宗教学講義』『オデッサの誘惑』『聖地の想像力』他。

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